2006/06/20

私人としての立場で地元事務所から『官房長官』の肩書で、ってどういうこと?

統一協会のダミー団体の集会へ祝電を送った件につき、安倍官房長官の事務所は

私人としての立場で地元事務所から『官房長官』の肩書で祝電を送付したとの報告を受けている。誤解を招きかねない対応であるので、担当者にはよく注意した

というコメントを発表しました。事務所が処理したなら到底「私人としての立場」とは言えないと思いますし、「私人としての立場」なら「官房長官」の肩書きは使わないのがふつうでしょう。「官房長官」の肩書きつきで、事務所が行なったことは政治活動の一環だと考えるのが常識というものです。「安倍晋三」という名前だけで、自分自身でNTTに電話をかけ、ポケットマネーから電報代を支払っている…という場合にはじめて「私人としての立場で」という釈明は意味を持ちます(あるいは政治事務所とは別に個人事務所を持っており、そちらで処理した、という場合)。マスコミは電報代がどこから拠出されたのか、さらに追求してもらいたいものです。

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2006/06/19

安倍官房長官が統一協会の合同結婚式に祝電!

インテリジェント・デザイン説を教育現場に持ち込もうと目論む統一協会(のダミー団体、天宙平和連合)の合同結婚式(祖国郷土還元日本大会)に、安倍官房長官が祝電を打っていたことを6月19日発売の『FLASH』が報じました。
http://www.kobunsha.com/top.html

参考
祝電披露の模様
http://www.youtube.com/watch?v=5sSv38hd6fs&search=統一協会
または
http://www.youtube.com/watch?v=5sSv38hd6fs&search=%E7%B5%B1%E4%B8%80%E5%8D%94%E4%BC%9A

(本館)
安倍晋三「祝電」問題を『FLASH』が報道
http://homepage.mac.com/biogon_21/iblog/B1604743443/C1534355107/E20060619084745/index.html

これが『原理講論』だ!
http://homepage.mac.com/biogon_21/iblog/B1604743443/C1534355107/E20060618143950/index.html

こっちはあっさりと映像がアップされたわけだが…
http://homepage.mac.com/biogon_21/iblog/B1604743443/C1534355107/E20060614190136/index.html

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2006/03/04

産經新聞がまたしても「インテリジェント・デザイン説」提灯記事を!

(以下は本館エントリを一部改変したものです)

筑波大学名誉教授・村上和雄 再び接近し始めた「科学」と「宗教」
産經新聞、「正論」、平成18(2006)年3月1日[水]
追記部分は文末

「国立でむぱ研究室櫻分室」(http://d.hatena.ne.jp/dempax/20060302)経由。

(前略)
 知的設計論とは、いのちやヒトの誕生に「知的な存在」がかかわったと考える理論で、十九世紀初頭から一部の科学者らが提唱してきた。

 近年、遺伝子研究をはじめとする分子生物学の目覚ましい進歩により、ヒトの細胞の構造が解き明かされてきた。その成果をふまえて、知的設計論者はダーウィンの進化論だけでは到底その複雑さを説明できないと主張している。
(後略)


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2005/12/02

『AERA』が『水からの伝言』批判記事を掲載

『AERA』の12月5日号に江本勝氏の『水からの伝言』、およびその主張を学校の道徳教育で利用する教諭がいる現状への批判記事が掲載されました(34-35ページ)。
『水からの伝言』(波動教育社)については『トンデモ本の世界T』(太田出版)で初めてその存在を知ったのですが、およそ非科学的な手順による結果を鵜呑みにしてしまう学校教諭がいることに深い憂慮を抱いた記憶があります。それを道徳の授業に利用するとなると、二重の過ちを犯すことになります。そう、インテリジェント・デザイン説の提唱者が犯しているのとまさに同じ、二重の過ちです。

記事中で紹介されている江本勝のインタビューにはインテリジェント・デザイン説を紹介した産経新聞の記事と共通点があります。

・「水からの伝言」は「ポエム」「ファンタジー」と予防線をはる(→中川八洋教授のコメントによりIDが「非科学的な神話」だという逃げを打つ)
・しかし今後科学的に証明されると思う、と主張(→渡辺久義名誉教授のIDは科学的仮説だ、という主張を掲載)

疑似科学が自然科学研究の慣習を平気で逸脱する一方で、科学という権威に依拠しようとしていることがよくわかります。

その他「〔撮影者の意識が撮影対象にはたらくという主張について〕量子力学の世界ではそうなっているようだ」、「体内にある108の元素が108の煩悩に対応している」、「科学で分かっていることはほんの数%、95%は分からない」といった「非」科学的な主張がみられます。科学なのかポエムなのか、どちらかはっきりされていただきたいものです(笑)

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2005/11/17

「南京」とはなにか?

南京大虐殺(南京事件)否定派(犠牲者数は極東軍事裁判の認定や中国の主張よりはるかに少ないという主張から、いわゆる“マボロシ”派までを含む)の言説にしばしば見られるのが「当時人口が20万でしかなかった南京で30万人殺せたはずがない」という主張があります。いわゆる「肯定派」にしても、20万人しかいないところで30万人を殺害することが可能であるなどと考えるはずはないのですが、いったいこの「人口20万」はなにを意味しているのでしょうか。

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2005/11/11

あれ、IDは科学的仮説じゃなかったんだっけ?

先日、アメリカ合衆国カンザス州の教育委員会が公立学校でインテリジェント・デザイン説を教えることを可能にする決定を下した(賛成6、反対4)というニュースが伝えられましたが、ペンシルバニア州ドーバーでは教育委員会の選挙でID支持の8候補が落選するという事態になっています。この落選について、ベネズエラのチャベス大統領を暗殺しろと発言したテレヴァンジェリスト(テレビ伝道師)、パット・ロバートソンが次のような発言をしたと報道されています。

ロバートソン師は自身が持つテレビ番組「クリスチャン放送網」(CBN)で、8人の落選を批判。「ドーバーの善良な人々に伝えたい。もし、あなた方の住む地域で災害が起こったとしても、神を頼りにするな。あなた方の町が、神を拒否したのだから」と語った。

おかしいな。産經新聞はIDを科学的仮説だと報道してたのに。なんで特定の科学的仮説を斥けると「神を拒否」したことになるんでしょうね?

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2005/11/08

これが国際標準だ

11月7日(現地時間)の国連人権委員会で、ドゥドゥ・ディエン特別報告者が日本における差別の状況について報告、包括的な人種差別禁止法の制定を訴えました。

朝日新聞
中国新聞
産經新聞

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2005/10/30

ロッキード事件の「謎」は陰謀説を裏付けるか?

ロッキード事件については未解明の「謎」がいくつかあること、これは陰謀説論者やロッキード裁判批判論者のいう通りです。トライスター売り込みをめぐる贈収賄事件については、全日空がトライスターの採用を決定してから5億円の授受が始まるまでに1年近くが経過していること、が「謎」の代表格です。
もちろん、裁判ではそれなりにもっともらしい答えがこの「謎」には与えられています。まず、ロッキード側はもともと賄賂を贈らずにすませたかったので丸紅から催促されるまでなにもしなかった。丸紅側では3人の被告がみな「ヤバいはなし」であることを自覚していたためだれもイニシアティヴをとろうとはせず、延び延びになっていた。結局田中側からの催促があって初めて支払うことになった…というものです。
これに対して、有力な推測として語られているのは次のようなシナリオです。実際にはトライスター売り込みにまつわる田中への賄賂は全日空ルートで問題となった「ユニット領収証」分の1千万円であり、5億円は実は対潛哨戒機P3Cの売り込みに関するものであった、というのです。この推測は、5億円授受の時期とP3C導入決定の時期とがよく符合すること、5億円という金額の大きさともよく符合する(ビジネスとしては、トライスターよりP3Cの方がはるかに規模が大きかった)ことなど、単なる噂としては片付けられない説得力を持っています。

次に、ロッキード事件はマクダネル・ダグラス社、ボーイング社などもからむアメリカ航空機産業の国際商戦のなかで発生したスキャンダルであり、トライスター売り込みなどはその一部でしかない、という指摘です。これまたその通り。では、トライスター関連の事件だけが注目を浴びたのはロッキード事件がアメリカの陰謀だったからなのでしょうか? 結論を先に述べれば「陰謀説以外にも合理的な説明は可能であり、逆に陰謀だったとすれば腑に落ちない点がいくつもある」ということになります。

 

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2005/10/22

ロッキード事件Q&A 陰謀説(謀略説)編 —(随時新情報を追記)

ロッキード事件はアメリカの陰謀(謀略)であった、とする説があります。主として、オイルショックを契機として田中角栄が独自のエネルギー外交を展開したことがアメリカの怒りを買い、ハメられたのだという主張を指します(日中外交が原因だったという説もあります)。さて、ロッキード事件が陰謀であるという場合、可能性としては次のようなものを考えることができます。
1)事件そのものがアメリカによる捏造であり、田中角栄は無実の罪を着せられた
2)田中が収賄したのは事実だが、事件はCIA(ないし別のエージェンシー)によって仕組まれたものである
3)事件そのものはごく普通の贈収賄事件だが、情報をつかんだCIA(ないし別のエージェンシー)が田中を失脚させるために利用した
このうち、1)を主張する人は殆どいないようです。なにしろ5億円の授受に関しては丸紅側の被告が公判でも基本的に認めてしまっているうえ、田中の秘書で現金の授受を担当した榎本被告がテレビで5億円の受け取りを認めてしまっているため、田中の収賄に関しては否定しようがないということなのでしょう。また2)についても、丸紅を通じた田中への請託は日中国交回復、オイルショック以前のはなしですから、あまり説得力はありません(可能性がないわけではありませんが)。というわけで、以下では基本的に3)を前提としてはなしを進めます。

具体的な論点に立ち入る前に、包括的なことを述べておきます。

なぜ陰謀説を問題にするのか?
アメリカが世界各地でさまざまな陰謀、謀略を行なってきたことは明らかです。そのことを否定するつもりは金輪際ありません。日本に対してもアメリカがさまざまな謀略を仕掛けてきたことは疑う余地がありません。しかしながら、そのこととロッキード事件がアメリカによる陰謀であったかどうかはおのずから別の問題です。
ロ事件陰謀説に説得的な根拠があるのならいいのです。しかしながら以下で検討するように、陰謀説にはa)事実誤認に基づく論拠(「誤配説」など)、b)単なる状況証拠、c)他に裏付けのない伝聞証言(中曽根の著書など)以外の根拠はまったくないのです。実のところ、陰謀説についていろいろ調べていてその根拠薄弱ぶりにびっくりしたほどです。
どうせアメリカはあちこちで謀略を行なっているのだから、別に根拠薄弱な謀略説が一つや二つあったっていいじゃないか、と思われるかもしれません。私もこれがロッキード事件に関するものでなかったとすればそう考えたかもしれません。しかしながら、次のような理由で私は敢えてこの陰謀説に異を唱えることにしました(私が一般的にいってアメリカ政府に好意的な立場をとっていないことは、本館でサイト内検索でもしていただければ直ちに確認できます)。
・ロッキード事件陰謀説と相互に補強し合うかたちで、ロッキード裁判は暗黒裁判であったという説が存在しています。丸紅ルートの第一審当時、渡部昇一や小室直樹といった論者が展開し、それがいまのネット上にも受け継がれているものです。Q&Aの「裁判編」でも示したようにこれはひとことで言って「デタラメ」としか評しようがない代物なのですが、にもかかわらず命脈を保っている理由の一つがこの陰謀説なのです。
・ロッキード事件陰謀説は「どうせアメリカには逆らえない」というシニシズムや無用な反米主義の温床になっています。また、政府関係者が対米追従外交を正当化する手段に利用されている可能性もあります。陰謀が事実ならそれもやむをえないところではありますが、もし「実は陰謀説には根拠がない」のだとすればはなしは変わってきます。日本が国際社会における当事者能力を取り戻すためにも、根拠の無いアメリカ謀略説は批判されねばなりません。
・明確な根拠を欠く陰謀説がはびこる知的風土は、疑似科学や歴史修正主義に対しても抵抗力を持つことができません。陰謀の臭いを嗅ぎ付けたとしても、安易にそれを鵜呑みにせずにその根拠を探りつづける態度こそが必要なのです。

また、ロッキード事件=陰謀説に関してはジャーナリストの徳本栄一郎氏が著書『角栄失脚 歪められた真実』(光文社)などで丁寧に反駁しています。以下のQ&Aを作成するにあたっても参考にしています。この問題に関心を持たれた方にはご一読をお勧めします。

なお、事件の詳細は多くの人にとって忘れさられているかそもそも生まれる以前のことであるということに鑑み、略年表を付しておきます。

72年2月 米中共同声明
72年6月 ウォーターゲート事件、発生
72年7月 田中内閣発足
72年8月 丸紅による請託
72年9月 田中・ニクソン会談
72年9月 日中共同声明
72年10月 トライスター採用正式決定
73年8月 一回目の現金授受。四回目は74年3月
73年10月 オイルショック
74年8月 ニクソン大統領辞任、フォード副大統領昇格
74年11月 田中首相、「金脈」問題により(ロッキード事件ではなく!)退陣
74年12月 三木内閣発足
76年2月 米上院チャーチ委員会でロッキード事件発覚
76年3月 米捜査資料、日本へ
76年6月 コーチャンらへの嘱託尋問開始
76年7月 田中逮捕
76年12月 衆議院選挙での大敗を受け、三木退陣、福田内閣発足。田中は大量得票でトップ当選
77年1月 丸紅ルート初公判
79年11月 第二次大平「田中角影」内閣成立
80年6月 自民、衆参ダブル選挙で圧勝
80年7月 鈴木「直角」内閣成立
82年11月 中曽根内閣発足。法相は秦野章(有名な田中擁護派)。
83年10月 一審有罪判決

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ロッキード事件Q&A 裁判編

ロッキード事件といえば生まれる前の出来事、という人々もいまや相当数に達しており、事件を記憶している人々の多くにとっても過去の事件になっています。しかしながら、数はさほど多くないものの熱心に「ロッキード裁判=暗黒裁判」説、「ロッキード事件=アメリカの謀略」説を唱える人々が存在しています。その言説には歴史修正主義の特徴がいくつもみられることに鑑み、ロッキード事件に関するQ&Aを「裁判編」「陰謀説編」に分けて作成することにしました。まずは裁判編です。なお、「本館」のこちらこちらもご参照いただければ幸いです。

Q1 田中角栄は別件逮捕されたというのは本当ですか?
A1 嘘です。

Q2 ロッキード裁判では被告の反対尋問権が奪われたというのは本当ですか?
A2 嘘です。

Q3 ロッキード裁判ではコーチャン(元ロッキード社副社長)最重要証人であったというのは本当ですか?
A3 丸紅ルートに関する限り、特に被告田中角栄に関する限り、真っ赤な嘘です。

Q4 ロッキード裁判は「調書裁判」だったというのは本当ですか?
A4 嘘とは言えませんが、ロッキード裁判を批判する根拠としては無意味です。

Q5 首相には民間旅客機の機種選定に関する職務権限などない、というのは本当ですが?
A5 (おおざっぱな言い方をすれば)嘘です。

Q6 最高裁はコーチャンらへの免責を(ないし免責の上での嘱託尋問を)違法だとしたのは本当ですか?
A6 嘘です

Q7 免責をうけたコーチャンらは嘘をつきまくったに違いない、というのは本当ですか?
A7 嘘です

Q8 「榎本アリバイ」を検察は崩すことができなかった、というのは本当ですか?
A8 嘘です。

Q9 ロッキード裁判の判決はどこで読むことができますか?
A9 丸紅ルートの最高裁判決はこちらで読むことができます。

詳細は以下をご覧ください。

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2005/10/21

インテリジェント・デザイン

※この記事は「Apes! Not Monkeys! 本館」の二つのエントリ、産經新聞に科学部はないのか?」「「インテリジェント・デザイン」続報」を再構成・加筆したものです。

9月26日付の産経新聞に掲載された「「反進化論」米で台頭 渡辺久義・京大名誉教授に聞く」は、少なからぬ人々を「そこまでいっちゃったか」と驚かせたようです。全編にわたって突っ込みどころ満載なのですが、以下いくつかのポイントについて検討してみます。

まずもって、反進化論がいま米国で「台頭」しているという認識が間違っています。アメリカには
浮き沈みはあれど一貫して(もちろん、『種の起原』以降のはなしですが)反進化論を唱える勢力(キリスト教原理主義を中心とする)がいました。1925年の「スコープス裁判」は学校で進化論を教えることを禁じるテネシー州法に違反した教師が訴追されたものです(ただし、事件そのものは進化論教育禁止法の廃絶をもくろむ人権団体が意図的に起こしたものでした)。学校教育における進化論の扱いが政治的イシューとなっていることは、アメリカの特徴の一つをなしています。1957年の「スプートニクショック」によって学校における科学教育が重視されることになり、一時反進化論運動は劣勢になります。しかしながら、レーガン政権成立の背景にあるアメリカ社会の保守化(あるいは宗教保守派の政治的影響力の増大)により、80年代あたりから反進化論陣営の攻勢は再び強まっていたのです。
今の反進化論運動に新しいところがあるとすれば、それは記事中にもある「インテリジェント・デザイン」という名称です。後述するとおり、「インテリジェント・デザイン(以下、適宜IDと略す)」とは名前だけで、実態は創造説
(世界は『創世記』が記述するとおりに神によって6日間で創造された、という主張)となんら変わりません。公立学校で創造説を教えさせようとする80年代以降の試みは、政教分離を定めた憲法に違反するとして阻止されてしまいました。そのため、政教分離規定をすり抜ける目的で表面上宗教色を薄めたのが「インテリジェント・デザイン」説なのです。

IDは「従来の反進化論と違って多くの科学者が支持」というのは本当でしょうか? 「日本で早くからIDを紹介」している渡辺名誉教授は英文学者なのですが…。生物学者はどう考えているのでしょうか? 「利己的な遺伝子」で知られる進化論学者リチャード・ドーキンスは『悪魔に仕える牧師』でIDに言及し、IDが創造説の偽装に過ぎないことを断言しています。実際、
IDが言う「デザイナー」の概念を別のことばで置き換えるとすると「神」以外にないことは明白じゃないでしょうか。アメリカにはキリスト教原理主義系の宗教団体が設立した大学が多数あり、また私立大学で創造説を教えることは法的に問題がありません。したがって「○○教授もIDを支持している」という主張を見かけたときには、その「教授」がどのような大学に所属しているのか、といったバックグラウンドに気を配る必要があります。
渡辺教授によれば、ID教育は「思考訓練として必要」なのだそうです。では、「思考訓練」としてID支持者のバックグラウンドを探ってみましょう。
記事中で言及されているID学会の公式ホームページにおいて「ID主導者の一人」とされているジョナサン・ウェルズなる人物がいます。前述の『悪魔に仕える牧師』もほかならぬこのジョナサン・ウェルズに言及し、彼のこのような発言を紹介しています。

He[=Father] also spoke out against the evils in the world; among them, he frequently criticized Darwin's theory that living things originated without God's purposeful, creative activity.

はい、ばっちりと「神」という語が出てきますですね。ダーヴィニズムは神の御業を否定するという理由で批判されているのです。ところで、この「彼」というのは誰なのでしょうか? 英語の "Father" は「神」を意味することもあり、そのように理解しても意味はいちおう通るのですが、別の解釈もできます。この発言が掲載されている URL をご覧ください。

http://www.tparents.org/Library/Unification/Talks/Wells/Darwin.htm

このなかの "Unification" だとか "tparents" という文字列であるいはピンとこられた方もおられると思いますが、トップページをみればはっきりするとおり、ここは統一協会*1 の情報を提供しているサイトなのです。そして "I was admitted to the second entering class at Unification Theological Seminary" という記述から、かのジョナサン・ウェルズは統一協会の信者、ないしシンパであることがわかるわけです。とすれば、この "Father" が文鮮明を指すことも自ずから明らかになります。つまり、たまたま統一協会の信者ないしシンパである人間が個人的にIDを推進しているのではなく、教祖の意思に基づいてIDを推進しているということになります。
今度は「統一運動ホームページ」というサイトを見てみましょう。ここも一見して明らかな通り統一協会系のウェッブサイトなのですが、このサイト内で統一協会の教祖文鮮明の妻、韓鶴子(ハン・ハクチャ)が1995年に行なった講演を読むことができます。この講演ではいまだ「創造説」という用語が使われているのですが、IDと創造説が実質的に同じものであることを見てとることができます。
もう一つ興味深いことが。「統一運動ホームページ」のトップページから「世界日報社」という新聞社へのリンクがはられています。「世界日報」が統一協会系の新聞であること(ついでに言えばロナルド・レーガンがその英語版の愛読者であったこと)は知る人ぞ知る事実であるわけですが、「世界日報」の創刊25周年にあたってこういう方々が祝辞を述べています。あれ、どこかでみた覚えのある名前がありますね? そうです、産経の例の記事でIDを推奨しておられる渡辺久義名誉教授です。彼がIDと統一協会(およびキリスト教原理主義)とのつながりを知ったうえで

 ——推進しているのはキリスト教右派とされています。旧約聖書に基づく創造論の「神」を「知的存在」に言い換えているだけでは?

という問いに対して

 もしそんなものであるなら、これを支持する科学者は一人もいないでしょう。米国の記者もよく「何で早く神と言わないのだ」と質問しますが、ID理論家は あくまで科学的実証から出発するわけで、(中略)神から出発するのではないのです。キリスト教右派だとか宗教勢力の画策などというのは、そういうふうに 見たがる人の言うことです。

と答えているのだとすればはなはだしい欺瞞ですし、もし両者のつながりを知らないのだとすれば「思考訓練」が足りない、と言わざるを得ないでしょう。また、IDが多くの科学者に支持されているというのなら、IDを支持する生物学者のコメントなどとっておけばよいのに、と思いますよね? 渡辺名誉教授は「五億三千万年前ごろには、海の中には、多様な生物がすむ世界になっていました」という記述について、「私は素人ですが、これはたちの悪い虚偽の記述だと言ってよいと思います」とおっしゃっていますが、素人だからきっとエディアカラ動物群(オーストラリアで発見されてた、カンブリア時代以前の生物群の化石)のことなどご存じないのでしょう。しかし…あれ、おかしいな? 私も素人だけど知ってたよ。進化論の動向に多少なりとも興味を持っていれば知っていておかしくないことだと思うのですが…。ちゃんと生物学者にはなしを聞いておけばこういうミスはしないですむんですけどね。記事の末尾には「作家・日本画家の出雲井晶さん」と「中川八洋筑波大教授」のコメントが載っているわけですが、はなしを聞く相手を間違っているのではないでしょうか? 進化論に関わる記事を執筆するのにわざわざ生物学者・進化論者を避けて取材する理由を考えてみるのもいい「思考訓練」になるでしょう。

このように、なるほどIDは「思考訓練」のための格好の教材となってくれるわけですが、IDを学ぶことが「思考訓練」になるかと言えばはなはだ疑問です…。というのも、IDで「思考訓練」を積んでおられるはずの渡辺名誉教授は

「分からない」「神秘だ」と正直に言う方が知的に誠実ではないでしょうか。

などとおっしゃっているからです。「分からない」ことと「神秘」であることの間には大きな違いがあります。さらに「分かっていない」ことと「分からない」ことの間にも大きな違いがあります。要するにIDというのはこれらを混同することなしには支持し得ない主張なのです。

念のために付け加えますが、個人ないし宗教教団が創造説やIDを信じ、それを公表する権利は日本でもアメリカでも憲法で保証されています。だから、私は“IDのバックには統一協会がいるからけしからん”と言っているのではありません。宗教右派とのつながりを現に持つIDを世俗的な科学的仮説の一つであるかのようにみせかける産經新聞がけしからん、と言っているのです。

IDがほんとうにダーヴィニズムの弱点を突いているのであれば、まだしも「思考訓練」としての価値はあるかもしれません。しかしながら、この記事にはダーヴィニズムに対する典型的な誤解が現われています。例えば「自然的要因からは生じえない「デザイン」の事実」といった主張。“生物の構造の精巧さは、およそ偶然によって生まれたとは思い難い”というのは(ID 論者を含む)創造説論者の常套句なのですが、実際には(本物の)生物学は生物の構造や行動 様式がいかに環境に適応しているかだけではなく、いかに“知的存在によってデザインされたとはとても思えない不合理”をはらんでいるかを示す事例を数多く発見しています。創造説論者お気に入りの眼球を例にとるなら、盲点 の存在を挙げることができるでしょう。人間がデザインしたCCDに盲点があるでしょうか? また、多くの人間が腰痛を患うのも、われわれの祖先が四足歩行・樹上生活をするなかで進化させた身体の構造を二足歩行のために流用したからです。
さらに
「人間の祖先はサルである」というのも『種の起原』刊行当時からある誤解です。進化論が主張しているのは「人間とサルとは共通の祖先をもつ」ということです。現生のサルはいつまで待っても人間に進化することはありません。また、本当に「進化論には疑いようのない化石による証拠とか実験での証明は何もない」のかどうかは、進化論の入門書を読めば直ちに明らかになるでしょう。

渡辺名誉教授と記者の二人三脚はさらに迷走を続けます。

そ れに「生命は無生物から発生した」「人間の祖先はサルである」という唯物論的教育で「生命の根源に対する畏敬(いけい)の念」(昭和四十一年の中教審答申 「期待される人間像」の文言)がはぐくまれるわけがありません。進化論偏向教育は完全に道徳教育の足を引っ張るものです。
(…)
「人間の祖先はサルだという教育は、生物の授業の仮説ならともか
く歴史教育や道徳教育にはマイナスだ」「進化論はマルクス主義と同じ唯物論であり、人間の尊厳を重視した教育を行うべきだ」という議論は日本でも多くの識者から主張されてきた。
(…)
人間を獣の次元に落とす進化論偏向教育が子供たちを野蛮にしている。
(…)
『神の創造した人間』という非科学的な神話は人間をより高貴なものへと発展させる自覚と責任をわれわれに与えるが、『サルの子孫』という非科学的な神話(神学)は、人間の人間としての自己否定を促しその退行や動物化を正当化する

といったあたりは、ID支持者の本音があらわになっていて「おいおい、いいのかよ?」と思ってしまいます。科学的な知見や先端技術の社会的・文化的な影響に気を配るべきだという議論は、それ自体としては間違いではないでしょう。問題は、百万歩譲って進化論教育が道徳的に悪影響をもたらすとしても、そのことはIDが科学的な仮説としての妥当性を持つということを含意しない、ということです。IDないし創造説を教えることが道徳教育に役立つという主張を同じく百万歩譲って認めたとしても、だからといってIDは科学的仮説であると主張する根拠があるわけではないのです。
ところで中川教授は「神の創造した人間」を「非科学的な神話」だと言っちゃってますけど、これってID的にはまずいですよね? う〜む、この記事を書いた記者はとことん取材相手を間違えているようです。ちなみに、「(人間は)サルの子孫」が「非科学的な神話」だというのはその通りです。上述のように、ダーヴィニズムは人間を「サルの子孫」とは考えていませんので。

次に、進化論が道徳教育にマイナスだという主張そのものを検討してみましょう。上で引用した進化論批判の全てに共通しているのは、人間以外の生物に対する露骨な蔑視です。人間がサルの子孫だったとして(実際には違いますが)、なぜそれが人間の「自己否定」につながるのでしょうか? 「日本画家の出雲井晶さん」はもっとはっきりしていて、「人間を獣の次元に落とす」などとおっしゃっています。しかしながら、人間以外の動物を勝手に「獣の次元」に落としておいて、進化論が人間を「獣」扱いしていると非難するのはおかしくないでしょうか? 本物の進化論学者は研究対象となる生物を「獣」扱いしたりしません。生物学はいかなる生物種にも特権的な価値を与えませんが、個人としての進化論学者は自分が研究対象とする生物を愛し、そのすばらしさを讃えるのが普通です。他者(他種)への憎悪に基づく自己愛を教える方がよっぽど道徳教育にマイナスだと思うのですが。

進化論が道徳教育によくないという主張は、いわゆる「自然主義的誤謬」、つまり「事実」から「価値」を引き出してしまう誤謬を裏返しのかたちで冒しています。進化論は(その正否はともかくとして)事実についての理論であって、価値には関わりません。自然主義的誤謬はふつう「人間には生物学的な性差があるのだから、男女の社会的役割も異なるべきだ」「皇帝ペンギンは夫婦の絆が強いのだから、人間も見習うべきだ」といったかたちをとりますが、ID支持者の場合は「進化論はオットセイの一夫多妻制を適応だととらえるから、(道徳的に)間違っている」と主張しているわけです。いうまでもなく、進化論は人間がその性行動に関して皇帝ペンギンを見習うべきだともオットセイを見習うべきだとも(ないし見習うべきではないとも)主張しません。

また、日本の神話には『創世記』のようなシステマティックな創造神話がないわけですが、そうだとすると進化論とは無関係に、日本人は伝統的に「人間をより高貴なものへと発展させる自覚と責任」を欠いてきたことになってしまいますが、それでいいのか?>産經新聞*2。

最後に、もう一度「科学」という観点からこの記事の主張について考えてみましょう。

宇宙に目的も方向もあり得ないとする唯物論、機械論が正しいなら、ダーウィンの進化論以外に全く考えようがなくなります。「どこが間違っているのだ」と食い下がるダーウィニストにとって、理論と証拠の不一致は関係がなく、初めの前提で答えが出ているのです。
(…)
「公認の学説」とは異説を唱える学者は認めないということでしょう。それだけでも鉄槌(てっつい)を下す意味があるではないですか。

「唯物論」は進化論のみならずあらゆる自然科学が共有する大前提です。したがってこの記事が仄めかそうとしているように進化論がマルクス主義だというなら、物理学も化学も全てマルクス主義的だということになってしまいます。超自然的な説明を排除する唯物論をドグマと呼びたければ呼んでもかまいませんが、自然科学とは(現在のところ)超自然的な要因(例えば「知的なデザイナー」)抜きで自然現象を説明する営みを指すことばなのであって、唯物論が嫌ならIDは科学であるなどと言わなければよいのです*3。「キリスト教は神の存在を前提としており異説を唱える者は認めない、だから鉄槌を下すべきだ」などと主張することに意味があるでしょうか? 「神」の存在を前提することが嫌ならキリスト教とは別の土俵で議論すればよいのであって、キリスト教の枠内にとどまりたいのなら「神」の存在が前提になることを受けいれるべきではないでしょうか。
「異説を唱える学者は認めない」学説には鉄槌を下す…ということだと、きっとそのうち熱力学の第二法則あたりにも異を唱えて永久機関は可能だ! と主張してくださるのでしょう。楽しみなことです。

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2005/06/22

人権擁護法案反対派にアドバイス

反対派による「人権擁護法ができたらこうなる」という「シミュレーション」が説得力を持たないのは、まず第一に現実的な蓋然性のないもの(場合によっては理論的な可能性すらないものもある)ばかりだという理由によるのですが、第二には「もし人権擁護法ができればそうなるというのなら、とっくにそうなっていなければおかしい」はなしばかりだ、という理由もあります。
例えば人権擁護委員の任用は、現行の人権擁護委員法では

第6条 人権擁護委員は、法務大臣が委嘱する。
 前項の法務大臣の委嘱は、市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)が推薦した者の中から当該市町村を包括する都道府県の区域(北海道にあつては、第16条第2項ただし書の規定により法務大臣が定める区域とする。以下第5項において同じ。)内の弁護士会及び都道府県人権擁護委員連合会の意見を聴いて、行わなければならない。

 市町村長は.法 務大臣に対し、当該市町村の議会の議員の選挙権を有する住民で、人格識見高く、広く社会の実情に通じ、人権擁護について理解のある社会事業家,教育者、報 道新聞の業務に携わる者等及び弁護士会その他婦人、労働者、青年等の団体であつて直接間接に人権の擁護を目的とし、又はこれを支持する団体の構成員の中か ら、その市町村の議会の意見を聞いて、人権擁護委員の候補者を推薦しなければならない。
(後略)

となっています。これに対して人権擁護法では
二十二条 人権擁護委員は、人権委員会が委嘱する。
  前項の人権委員会の委嘱は、市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)が推薦した者のうちから、当該市町村(特別区を含む。以下同じ。)を包括する都道 府県の区域(北海道にあっては、第三十二条第二項ただし書の規定により人権委員会が定める区域とする。第五項及び次条において同じ。)内の弁護士会及び都 道府県人権擁護委員連合会の意見を聴いて、行わなければならない。
  市町村長は、人権委員会に対し、当該市町村の住民で、人格が高潔であって人権に関して高い識見を有する者及び弁護士会その他人権の擁護を目的とし、又はこ れを支持する団体の構成員のうちから、当該市町村の議会の意見を聴いて、人権擁護委員の候補者を推薦しなければならない。

(後略)

となっており、要するに委嘱するのが法務大臣から人権委員会に代わるだけなんですね。ということは、もし「例えば在日本朝鮮人総連合会の関係者が多数、委員になるなどし」(読売新聞社説)といったことが起こるというのなら、すでに起こっていてしかるべきなのです。なお、「人権の擁護を目的とし、又はこ れを支持する団体の構成員のうちから」という団体条項は修正案において削除されたという情報がありますので、となるとなおさら現行法のほうが反対派的には「危険」であるはずです。
また現在の人権擁護委員の職務は次のように規定されています。
第11条 人権擁護委員の職務は、左の通りとする。
1.自由人権思想に関する啓もう及び宣伝をなすこと。
2.民間における人権擁護運動の助長に努めること。
3.人権侵犯事件につき、その救済のため、調査及び情報の収集をなし、法務大臣への報告、関係機関への勧告等適切な処置を講ずること。
4.貧困者に対し訴訟援助その他その人権擁議のため適切な救済方法を講ずること。

5.その他人権の擁護に努めること。

「人権侵犯事件」とはなにかについて、人権擁護委員法にはなんの「定義」もありません。科料を背景に立ち入り調査を行なうことのできる人権委員会のような権限はないとはいえ、このように極めてあいまいな条文に基づいて活動しているのですから、人権擁護法のもとで起きるであろうよりもはるかにはなはだしい「恣意的な拡大解釈」「法の濫用」が起こるんじゃないかと推定するのが合理的というものです。

人権擁護法が成立した場合、事務局員には法務省人権擁護局の職員が、人権擁護委員にはひとまず現在の擁護委員が就任すると見られています。そうであれば、人権擁護法の運用を占うのにまず参照すべきデータは、これまで人権擁護委員や法務省人権擁護局がどのような活動をしてきたか、でしょう。そこに「国民の人権意識との著しい乖離」だとか「きわめて特殊なイデオロギーに基づく人権侵犯事件の処理」「著しい法の濫用」などがみられるのであれば、なるほど人権擁護法は危険だ、という主張は説得力をもつに違いありません。

ところがどうしたわけか、反対派が持ち出してくるのは弁護士会や私的人権団体の活動例だったり、地方自治体の人権オンブズパーソンの活動例だったりで、私に言わせればまったく見当違いの「努力」です。なぜ人権擁護委員の実態や人権擁護局の活動についてもっと調査しないんでしょうか。国会議員やマスコミのもつリソースをもってすれば容易なことだと思うんですけどね。
反対派諸氏は、反対派議員に「戦慄すべき人権擁護委員と人権擁護局の実態」を調査していただくよう、お願いしてみてはいかがでしょうか。

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新聞の「人権擁護法反対論」

人権擁護法反対派はしきりに「マスコミがろくに報じない」と主張しますが、そのわりに新聞に載った反対論についてはうれしそうに言及するので「ほれ、けっこう報道されてるじゃん」と言いたくなりますね。それはさておき、そうした報道・社説の中身はどうなのでしょうか?

まずは6月7日付、読売新聞の社説です。
[人権擁護法案]「国会提出には抜本修正が必要だ」

 人権擁護法案をめぐる議論の過程で、様々な疑念が浮かび上がっている。それが少しも解消されていない。

という具合に始まるこの社説、その「様々な疑念」の中身はというと

 反対派は、そもそも「人権侵害」の定義があいまいだ、と主張してきた。

 法案は「不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為」と規定している。法務省は「刑法上の犯罪行為と民法上の不法行為が、これに該当する」という見解をとっている。

 だが、「その他の人権侵害」が、恣意(しい)的に拡大解釈される恐れはないのか。政治家の政治的信条に基づく言動や、メディアが報道目的で行う言論活動までが、一方的に「人権侵害」と指弾を受けることも想定される。

だそうです。3月、4月からちっとも進歩してません。「刑法上の犯罪行為と民法上の不法行為」が該当すると説明されているのにそれでもなお「あいまい」だというのは、要するに刑法と民法があいまいであり恣意的な「拡大解釈」を許すと言っていることになります。この時点ですでに「人権擁護法反対論」としては破綻しちゃってます。
ちなみに刑法や民法に「あいまい」なところがあり「拡大解釈」を許す余地があるというのは、それ自体としてはその通りです。しかし「あいまいさ」を徹底的に排除しようと思えば、今度は法の運用が極めて硬直化してしまうという問題も出てくるわけで、「柔軟な解釈」の余地を残しつつ「恣意的」な運用については市民の監視により防ぐのが現実的な大人の智慧というものです(こういうのって本来保守主義者の発想だと思うんですけどね)。
また特別救済手続きのうち「調停」「仲裁」が「一方的」な「指弾」に当たらないのはもちろんのこと、「勧告」の場合ですら加害者(と目された側)が意見を述べる機会を保証されています。それでも「一方的」というのならもう人権侵害への救済を断念するしかなくなっちゃいます。

 救済機関である人権委員会は、極めて強い権限を持っている。「特別調査」の名のもと、裁判所の令状なしで関係場所の立ち入り調査や関係者の出頭要請、事情聴取などが可能だ。これを拒むと、過料が科せられる。

例によって、科料が科せられるのは「正当な理由なく」調査を拒んだときだけだということがネグられていますね。「裁判所の令状」を金科玉条のごとく反対派は持ち出すわけですが、私に言わせれば捜査令状のほうがよっぽどあてになりません(例えばトニオさんの「ガサ令状がなんぼのもんか」をご覧ください)。しかも捜査令状に基づく捜査は拒否できないんですから。

 反対派は、例えば在日本朝鮮人総連合会の関係者が多数、委員になるなどし、拉致問題で朝鮮総連を批判している政治家らの言動を、ただちに「人権侵害だ」と“告発”するような危険性があるのではないか、と疑念を呈している。

 そうした不安が払拭(ふっしょく)されるような回答は示されていない。

だって、「在日本朝鮮人総連合会の関係者が多数、委員になる」などという、原理的にありえないわけではないけど現実性のかけらもない前提に基づく「不安」なんて払拭しようがないでしょう。それこそプロザックでも飲んでください。客観的根拠を欠く「不安」というのはその不安の主の内面における憎悪であったり実存不安の投影にすぎませんからね。

お次は参詣じゃなかった産経新聞、6月20日の「人権擁護法案、2000人反対 都内で集会、平沼元経産相ら出席」です。
「人権侵害の定義があいまい」という定番を除くと面白いのが「真の人権擁護を考える懇談会」座長、古屋圭司衆院議員のコメントです。なんでも「問題の深さは郵政民営化関連法案の比ではない」のだそうな! 現在でもすでに存在している人権擁護委員の活動に明確な法的枠組みを与え、最高でも「勧告の公表」を行うに過ぎない人権擁護法が郵政民営化より大問題だというのはなんとも香ばしいです。産経新聞や読売新聞ですら郵政民営化の方を重視して報道しているのはどういうことなんでしょうね。



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2005/06/04

「真の人権擁護を考える懇談会」座長、古屋圭司議員の「人権擁護法」反対論

こちらでは久しぶりの更新になります。自民党の古屋圭司衆議院議員が自らのホームページで「日本の自由と民主主義を守るために」なる一文を発表しておられます。なんといっても自民党内の人権擁護法反対派が集う「真の人権擁護を考える懇談会」(会長:平沼赳夫議員)の座長がおっしゃることですから無視できません。詳細に検討してみたいと思います…と言いたいところなのですが、すでにこの一文については「an_accusedの日記」の an_accused さんが「「対案」に期待できるのか」というエントリにおいて詳細に述べておられます。そこでここでは論点が重複しないよう書くつもりですので、an_accused さんのエントリをぜひともご覧くださいますよう、お願いいたします。

さて、古屋議員は、日本政府が国連の人種差別撤廃委員会に対して提出した意見書から次の箇所を引用しています。

我が国の現状が、既存の法制度では差別行為を効果的に抑制することができず、かつ、立法以外の措置によってもそれを行うことができないほど明白な人種差別行為が行われている状況にあるとは認識しておらず、人種差別禁止法等の立法措置が必要であるとは考えていない。
(なお、古屋議員の文章では“我が国は、既存の法制度や立法以外の措置によって差別行為を抑制することができないほど明白な人種差別行為が行われている状況ではなく、人種差別禁止法等の立法措置が必要とは考えていない”となっています。)

ところが、同じ意見書の中で日本政府は次のようにも述べているのです。

法務省に設置された人権擁護推進審議会においては、1999年9月から「人権が侵害された場合における被害者の救済に関する施策の充実に関する基本的事項」について本格的な調査審議が行われ、2001年5月に人権救済制度の在り方についての答申がなされた。
 答申では、政府からの独立性を有する人権委員会(仮称)を中心とする新たな人権救済制度を創設、整備し、同委員会は、一定の人権侵害に関して、より実効 性の高い調査手続と救済手法を整備した積極的救済を図るべきであるとしており、その積極的救済を図るべき人権侵害について、人種差別撤廃条約の趣旨も踏ま え、人種・皮膚の色・民族的又は種族的出身等を理由とする社会生活における差別的取扱いや人種等にかかわる嫌がらせを含む形で、その範囲を明確にする必要 があると提言している。
 政府としては、同審議会の答申を最大限尊重し、提言された新たな人権救済制度の確立に向けて、全力を尽くしていく考えである。

下線は私が付したものです。古屋議員は「人種差別禁止法等の立法措置」の必要性を日本政府が否定した部分だけを引用し、あたかも人権擁護法など必要ないかのような印象を与えようとしていますが、この意見書を尊重するのであれば人権擁護推進審議会の答申にそったかたちで人権擁護法を成立させることは日本政府の国際公約だと言うことになります。政府の国際公約を果たすべく努力しているのが古賀議員や公明党であり、それを妨害しているのが「真の人権擁護を考える懇談会」所属の議員たちである、ということになりますね。

次に古屋議員は次のようにおっしゃいます。

 再度登場した法案の骨子は以前と変わりありませんが、詳細に調べますと、人権侵害の定義「不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為」が極めて曖昧(あいまい)で、根本的に問題があります。

下線は同じく私が付したものです。前回国会審議された際には「詳細に」調べなかったのでしょうかね。
人権擁護法についてまず「問題だ」とされているのは次の点です。

 裁判所の令状なしに強制執行が可能となることで、国民に畏怖(いふ)の念を与え、自由な言論を抑圧する恐れが出てきます。準司法機関とするならば、本来であれば司法制度改革を通じて対応していくべきものだと思います。

「強制執行」云々の間違いについては an_accused さんが述べておられますのでここでは繰り返しません。まず不思議なのは、「器物破損」や「住居不法侵入」といった罪状でもって反戦活動を行う人々に対し「畏怖の念を与え、自由な言論を抑圧する」といった事態はすでに生じているのに、「日本の自由と民主主義を守るために」がんばっておられる古屋議員がそのことについてなにもおっしゃらないのはなぜか、ということです。
次に、「司法制度改革を通じて対応」ということがなにを意味するかです。人権擁護法が禁止している行為はすべて刑法上の犯罪か民法上の不法行為にあたりますから、刑事告発や民事訴訟を通じて対応できるようにする、ということなのでしょうか。しかしもしそうだとすると、一方では「名誉毀損」「信用毀損」「強要」「強制わいせつ」「暴行」「傷害」…などの罪状で起訴される人がいま以上に増えることになり、他方では損害賠償や(差別的取り扱いの)差し止めを求める民事訴訟がいま以上に起こされることになります。本来罰されるべき加害者が罰され、本来賠償されるべき損害が賠償されるようになるのは結構なことかとも思いますが、国民の言動がいま以上に刑事罰の対象になるといったことは「言論の自由」にとって好ましいことなのでしょうか? むしろ「説示」「啓発」、「調停および仲裁」「勧告」といったより穏やかな手段で解決を図る選択肢がある方が、「国民に畏怖の念を与え」る度合いも低く、自由な言論を萎縮させることもないと考えるのが自然ではないでしょうか? “加害者”の視点から考えたとしても、いきなり刑事告発されたり損害賠償請求訴訟を起こされるより、まずは「説示」「調停」などにより自らの言動を改めるチャンスをもらえる方がありがたいと思うんですけどね。もっとも、「司法制度改革を通じて対応」というのが「差別的言動は事実上野放し」にすることを意味しているのであればはなしは別ですが。

最後に一点のみ、an_accused さんが言及済みの点について。

 お年寄りが年金で経営する小さなアパートでも、外国人お断りという入居条件に対して委員会が特別救済措置を取り、家賃を滞納する素性の知れない人たちを排斥できないことにもなりかねません。

こんなことを書く国会議員がぬけぬけと「日本の自由と民主主義を守るために」などと口にするのをみると情けなくなります。「家賃を滞納する素性の知れない人たち」を排斥したいのであれば「家賃を滞納する素性の知れない人たちお断り」という入居条件を出せば良いのですよ。「外国人お断り」という条件をつける合理性はありません。家賃を踏み倒された家主に対しては「我々が対策を考えますから、国籍・人種による差別はやめてください」と言ってこそ国会議員じゃないですかね。

(6月5日、誤字を訂正しました)

 

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2005/05/05

人権擁護法は自民党の公約です

我ながら脇が甘いというか情報収集が足りんと反省せねばならんのですが、bewaadさんの指摘によれば、人権擁護法の成立は第19回参議院選挙に当たっての自民党の公約です。

 人権尊重社会の実現
「『人権の世紀』と呼ばれる21世紀にふさわしい、国民一人ひとりの人権が尊重される社会を築いていくためには、人権教育・啓発の取組みを推進するととも に、人権侵害の被害者の救済にかかわる制度を整備する必要があります。このため、独立行政委員会として人権委員会(仮称)を設立し、差別や虐待の被害者等 弱い立場にある人権侵害の被害者を、実効的に救済する手法を整備するなど、人権救済制度の確立に努めます。」

ちなみに、安倍晋三議員は当時小泉内閣の官房副長官でした。
同じく bewaadさんのご指摘によって存在を知った、自民党の「どれだけ知ってる? 人権擁護法案 あなたにもっと詳しく知っていただくための Q&A」。いいこと書いてます。というか、もっと早く存在を知っていたら「これ読め」で済ますことができたかも。

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«人権擁護法案の「必要性」について