井戸端会議での「悪口」はオッケーなのか?
過去のエントリに頂戴したコメントについて、お返事が長くなるため、またいったん仕切り直しをしたほうがよかろうと思うため、新規のエントリにてお答えいたします。
まず侮辱罪ないし名誉毀損罪と人権擁護法との比較について、言葉が足らなかった点の補足からです。人権擁護法が特別救済の対象とする侮辱的発言は、
特定の者に対し、その者の有する人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病又は性的指向の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動であって、相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの
です(二条、三条、四二条の条文から合成)。これに対して名誉毀損罪、侮辱罪はそれぞれ次の通りです。
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する
さて、以上を比較すれば人権擁護法より名誉毀損や侮辱罪の方がむしろ「曖昧」な規定であることがまず分かります。なにしろ「人種等を理由として」という要件も「畏怖させ、困惑させ、著しく不快にさせる」という要件もないのですから。
他方、「特定の者に対し」と「公然と」という要件の違いも重要です。つまり、井戸端会議でその場にいない人物について人種等を理由とする侮辱をおこなって
も人権擁護法における特別救済の対象には(残念ながら、と言っておきます)なりません。またその場にいる人物について人種等を理由としない侮辱をおこなってもやはり対象になりません。ましてその場にいない人物について人種等を理由としない侮辱をおこなっても対象にはなりません。
しかしながら、その井戸端会議のメンバー構成にもよりますが、上の3つのケースは全て名誉毀損ないし侮辱罪を構成する可能性があります。つまり、友達と
こっそり人の悪口を楽しみたいのなら人権擁護法ではなく名誉毀損罪や侮辱罪をこそ心配するべきなのです。したがって、Kyonさんの人権擁護法に対する懸
念はまず持って的外れだ、と申し上げることができます。
さて、人種、民族、性別、社会的身分、門地、障害、疾病、性的指向といった属性を理由とする「悪口」については、私はそれを楽しむつもりはありませ んが、それ以外の理由による「悪口」ならば私も現に言っております。しかしながら、事実問題として私人間に「悪口」がはびこっていることを持って、悪口を 言うことを正当化できないことはいうまでもありません。つまり、私人間で悪口を言うことは、それ自体としては保護の対象とならない、ということです。「私 人間の言論のみによる争いに権力が介入すること自体に反対」という立場であれば、それについては一定の理解を示す旨私はすでに述べております(最終的には 同意しませんが)。しかしその立場もあくまで「私人間であれ、悪口を言うことはよくない」ことを前提としたものでなければなりません。したがって、あくま で「私人間の言論のみによる争いに権力が介入すること自体に反対」という理由でのみ人権擁護法に反対されるのであれば、「名誉毀損罪はザル法だからかまわ ないんだ」などと言わずに(ザル法だという認識自体が間違っていると思いますが)、きっちり名誉毀損罪にも侮辱罪にも反対を訴えるのがスジでしょう。そし て反対する根拠のなかに「私人間の会話なんか悪口だらけですよ」といった事実性を持ち込まれないことです。
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コメント
> 井戸端会議でその場にいない人物について人種等を理由とする
> 侮辱をおこなっても人権擁護法における特別救済の対象には
> (残念ながら、と言っておきます)なりません。
これは重要ですね。本当にその通りだと納得すれば反対派は激減すると思われます。まあ、私は社会民主主義的な方向に社会を進める法案には全て反対しますが…。
> しかしながら、事実問題として私人間に「悪口」がはびこっていることを持って、
> 悪口を言うことを正当化できないことはいうまでもありません。
> しかしその立場もあくまで「私人間であれ、悪口を言うことはよくない」ことを
> 前提としたものでなければなりません。
「悪口を言うことはよくない」理由が付されていませんね。面と向かって言うのでなければ問題ないという考え方もありますよ。自分の悪口を言うような連中とはつきあわなければ不快になることもないんですから。本人のいないところでの悪口もよくないと思っている人は、小学校の道徳の教科書の読み過ぎだと思います。もっとも悪口によってしか他人を批判できない人も小学生並かもしれませんが。
> 私人間で悪口を言うことは、それ自体としては保護の対象とならない
悪口を言うことを保護の対象にしろなんて言ってませんよ。悪口を言われた側を、それだけを理由に保護の対象にすることを問題にしてるんですよ。
> 「名誉毀損罪はザル法だからかまわないんだ」などと言わずに
> (ザル法だという認識自体が間違っていると思いますが)、
> きっちり名誉毀損罪にも侮辱罪にも反対を訴えるのがスジでしょう。
スジなんかどうでもいいんですよ。現状では面と向かって言わない限り悪口が問題になることなんかないんですから。その点について、この法案が通っても変わらないというのであれば、私にとってこの法案の問題点は依拠する思想だけということになります。それに、もし何か運動をするとすれば、刑法39条(精神障害犯罪者)や41条(少年)の方が現実的な脅威が大きいので、時間があればそちらの改正を訴えます。
> そして反対する根拠のなかに「私人間の会話なんか悪口だらけですよ」といった
> 事実性を持ち込まれないことです。
「私人間の会話なんか悪口だらけですよ」というのは法案に反対する直接の根拠ではなくて、「悪口を言うことを多数の人々が容認していること(=常識)」を示す根拠です。
投稿: Kyon | 2005/04/10 03:01
>他方、「特定の者に対し」と「公然と」という要件の違いも重要です。
>つまり、井戸端会議でその場にいない人物について
>人種等を理由とする侮辱をおこなっても人権擁護法における特別救済の対象には
>(残念ながら、と言っておきます)なりません。
すいません、この辺のニュアンスが分かりません。
法律のレトリックなのかな?
>イ 特定の者に対し、その者の有する人種等の
>属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動
って言う条文に時間性が無いように思えてしまう。
後学のために教えていただけると嬉しいのですが。
投稿: トニオ | 2005/04/10 06:10
あ、ついでと言ってはなんですが法案を引くときに便利ですのでお使いください。
using_pleasureさんがまとめてくださったwiki形式の人権擁護法案です。
http://jouissance.org/wiki.cgi?page=%BF%CD%B8%A2%CD%CA%B8%EE%CB%A1%A1%CA%B0%C6%A1%CB
投稿: トニオ | 2005/04/10 06:14
トニオさん、↑のリンク、ありがとうございました。
Kyonさんへ。エントリで触れなかった点について。
> 「悪口を言うことはよくない」理由が付されていませんね。
この場合の「よくない」は法的判断ではなく道徳的判断に過ぎません。Kyonさん自身「小学生並かもしれません」と書いておられる通り、自明ではないでしょうか?
それから「現状では面と向かって言わない限り悪口が問題になることなんかない」というのは間違いでしょう。「滅多にない」とすべきです。そして法解釈はともかく運用の問題としては、人権擁護法の場合も「陰口が問題になることは滅多にない」と断定できます。
それから「「悪口を言うことを多数の人々が容認していること(=常識)」について。多数が受けいれていることを持って直ちに「常識」とすることには同意しかねます。
投稿: Apeman | 2005/04/10 08:58
> この場合の「よくない」は法的判断ではなく道徳的判断に過ぎません。
> Kyonさん自身「小学生並かもしれません」と書いておられる通り、
> 自明ではないでしょうか?
私が書いたのは、まともな大人なら外形的に悪口と判定出来るような表現を使わなくても相手に精神的ダメージを与えることができる。それができない人は、(道徳的にではなく)頭の程度が小学生並だということです。
さらに、小学生並だから「よくない(=禁止すべき)」というのには同意できません。小学生並の人には小学生並のことを言わせておけばいいんですよ。「他人の悪口を言わない」道徳より「他人に悪口を言われても無視する」ポリシーの方が、私人のプライベートに権力の介入を招かないという点で優れていると思います。
> それから「現状では面と向かって言わない限り悪口が問題になることなんかない」というのは
> 間違いでしょう。「滅多にない」とすべきです。そして法解釈はともかく運用の問題としては、
> 人権擁護法の場合も「陰口が問題になることは滅多にない」と断定できます。
滅多になければ法案に反対する理由がなくなる人は多いでしょうね。
> それから「「悪口を言うことを多数の人々が容認していること(=常識)」について。
> 多数が受けいれていることを持って直ちに「常識」とすることには同意しかねます。
多数の人々が受け入れていることを「常識」というのでは?
もっとも「常識」自体が間違っているというのもよくあることですが…。
まあ、言葉の定義の問題ですから合意に達することは難しいでしょうけどね。
投稿: Kyon | 2005/04/10 12:08