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2005/11/17

「南京」とはなにか?

南京大虐殺(南京事件)否定派(犠牲者数は極東軍事裁判の認定や中国の主張よりはるかに少ないという主張から、いわゆる“マボロシ”派までを含む)の言説にしばしば見られるのが「当時人口が20万でしかなかった南京で30万人殺せたはずがない」という主張があります。いわゆる「肯定派」にしても、20万人しかいないところで30万人を殺害することが可能であるなどと考えるはずはないのですが、いったいこの「人口20万」はなにを意味しているのでしょうか。

まず第一に、「南京」という地理的呼称が非常に多義的であることに留意する必要があります。大別して地理的に狭い順に並べると、

1)南京城内につくられた安全区(難民区)
2)南京城内、およびその周辺(南京市部)
3)南京市全体( 2)プラス農村部)
4)南京市プラス周辺六県(南京行政区、南京特別市)

がいわゆる「南京」の範囲として考えられるわけです。当然のことながら、1)~4)のいずれを採るかで事件当時の人口の見積もりも、被害者数の推定値も変わってくることになります(さらに、事件の期間をどのように考えるかによっても数字は異なってくることになりますが、ここでは省略します)。
さらに、(ほぼ)同じ地理的範囲を考察の対象にした場合にも、事件当時の人口見積もりには論者によって、資料によって大きな隔たりがあります。また、当時南京には民間人のみならず多数の中国軍兵士もいたわけですが、その数についても一致は見られていません。

では、「20万」というのはいったいなんの数字なのでしょうか? 影響力を持っている資料のうち「20万人」という数字を挙げているのは

・南京安全区国際委員会が1)の範囲に関して示した見積もり(25万とする資料もある)
・いわゆる「スマイス報告」が南京陥落当時の南京市部=2)に関して示した見積もり(20万〜25万)

の二つです。もし否定派の言う「人口20万人」が前者を指しているなら、「20万人しかいないところで30万人殺すことはできない」という主張はナンセンスです。というのも、南京安全区国際委員会は安全区の外の人口については把握していませんし、他方で虐殺の大半は南京城外で行なわれているからです。
したがって、「20万人しかいないところで…」論が意味を持つのは、スマイス報告の人口見積もりがある程度実態を反映していた場合に限られます(地理的範囲としては、中国側の「被害者30万人」説のそれとほぼ重なっています)。しかも、この人口見積もりには中国軍兵士が含まれていないのに対して、「30万人」のなかには中国軍兵士の犠牲者も含まれていることに留意する必要があります。(また、日本側の研究者は当該地域で30万人が虐殺されたという説を支持していないことも申し添えておきます。)さらに、スマイス博士による調査は、生存者からの聞き取りによるサンプル調査であり、混乱のなかでの人口の流出・流入を把握できていないという限界もあり(つまり、一家そろって殺害されてしまったようなケースは調査対象にならない)、当該地域の事件当時の人口見積もりとしては諸々の主張のうちで最低に近い数字であるということも考慮に入れる必要があります。
ちなみに、南京攻略戦以前の、平時の人口は

2)南京城内、およびその周辺=約85万
3)南京市全体=約100万
4)南京市プラス周辺六県=約250万

とされています。この、最大で250万(プラス、5万とも10万とも言われている中国軍兵士)の人々が戦乱のなかでどのように移動したかが正確に把握できない以上、事件の地理的範囲として2)〜4)のいずれをとるにしても事件当時の人口を見積もることは困難ではありますが、「犠牲者30万人説」が直ちに「あり得ない」と断言できるようなものではないこと、まして日本側の研究者が主張するより少ない犠牲者数(最大に見積もる論者で約20万)が決して荒唐無稽でないことは十分納得可能であるはずです。

結論:「当時人口が20万でしかなかった南京で30万人殺せたはずがない」論が妥当性をもつためには、その主張が前提としている事件の地理的範囲における軍民あわせた人口が20万人でしかないことをまずもって立証しなければなりません。

参考文献:笠原十九司、『南京難民区の百日』、岩波現代文庫
                    笠原十九司、『南京事件』、岩波新書
                    秦 郁彦、『南京事件』、中公新書
                    秦 郁彦、『現代史の光と影』、グラフ社
参考URL:http://www.geocities.jp/yu77799/(「南京事件 小さな資料集」)

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コメント

どうでもいいですけど、30万の人を殺すのは結構大変です。
東京大空襲や、広島長崎の原爆でやっと20万、30万の死者です。

当時日本がどうやって30万人の人々を殺したのか教えてください。
ナチスドイツでさえ、ユダヤ人を虐殺するために、ガス室をつくったりと殺すための施設や準備、組織を整えていました。

虐殺するためには、組織や準備、兵器が必要で、当時の日本が南京でそれを行ったとあなたは言うのでしょうか。

投稿: 通りすがり | 2006/11/27 01:28

んでもって、30万クラスの殺人があれば、ナチスドイツの虐殺や東京大空襲や原爆のようにきちんと誰もが納得せざる終えないような形で歴史に残ります。
南京のように曖昧な歴史のままで30万クラスの殺人を当時日本が行ったとすれば、それはまた凄いことです。
どうやって、歴史に残らないように、30万クラスの殺人を行ったのでしょうか。
教えてください。

投稿: 通りすがり | 2006/11/27 01:31

> 軍民あわせた
ちなみに、軍隊、軍人は戦時中に殺しても殺人(虐殺)の集計数にならないのでは?
もちろん、降伏した軍人はカウントされるでしょうが。

投稿: 通りすがり | 2006/11/27 01:33

すいません、最近ここは放置していたので気づくのが遅れました。南京事件等、戦争犯罪の話題については主として
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/
で扱ってますので、そちらにコメントへのお返事をエントリとして書きます。

投稿: Apeman | 2006/11/30 16:43

リンク先のエントリを読みましたが、残念ながらどうやって中国人を虐殺したのかについては何も書いてありませんでした。

日本軍は空襲でもしたんでしょうか、毒ガスでも使ったんでしょうか、日本刀で殺しまくったんでしょうか。
抵抗する人間を刀で虐殺するのは大変そうです。相手も必死ですから。だとするとピストルとか使っていそうですけど、当時の日本は物資が枯渇しています。鉄とか足りなさそうです。
数千人くらいだったら努力で虐殺できそうですけど、数万人だと頭と金と物を使って組織的に虐殺できない気がするんですよね。
どうやって虐殺したのか疑問に思っているので、具体的に教えてください。

投稿: 通りすがり | 2006/12/29 23:01

空襲は行ないましたよ。「南京渡洋爆撃」と称して当時自慢してたの、ご存知ありませんか? 毒ガス(イペリット)は現在までわかっている限りでは使わなかったようですが、使う計画も立てていたし、実際に配備もしていました。日本刀で「も」殺害した事例があることは元将兵の日記等からもわかります。第16師団の師団長などは自分の愛刀の試し斬りで捕虜を殺害したことを日記に書いてます。

>抵抗する人間を刀で虐殺するのは大変そうです。

兵士に関しては武装解除して、後ろ手に縛って銃殺、銃剣でとどめを刺す…というのが典型的なパターンだったので、ほとんど無抵抗です。元海軍将校で爆撃機の搭乗員として南京攻略戦にも参加した奥宮正武氏は、処刑現場の陸軍下士官に質問して、「食事を与えると騙してトラックに乗せている」という答えを得ています。
民間人の場合は抵抗したって非武装で訓練も受けていませんからね。農村部では数人からせいぜい数百人規模での民間人殺害を積み重ねていったわけで、相手の抵抗で日本兵が死傷することも稀にありましたが虐殺を不可能にするようなことはなかったのです。

>だとするとピストルとか使っていそうですけど、当時の日本は物資が枯渇しています。鉄とか足りなさそうです。

ピストルだけでなく南京陥落前後は機関銃も使っています。捕虜の殺害は主観的には作戦行動の一環のつもりだったから、陥落後少し経って銃弾を節約し始めるまでは惜しまずに使ったのです(日本軍は南京を攻略すれば戦争は終る、と思っていたわけですし)。ちなみに銃弾は主として鉛と真鍮(薬莢)でできてます。鉄じゃありません。

>数千人くらいだったら努力で虐殺できそうですけど、数万人だと頭と金と物を使って組織的に虐殺できない気がするんですよね。

捕虜の殺害、敗残兵(および敗残兵と誤認された民間人)の殺害については「頭と金と物を使って組織的に」やったんですよ。幕府山砲台近辺で山田支隊(第13師団の一部)が行なった捕虜殺害の場合、(おそらくは解放する、と偽って)揚子江岸につれ出し、機関銃で殺害、ガソリンをかけて火をつけた上で銃剣でとどめを刺しています。少なくとも12月16日、17日の両日にわたって、2万人以上の捕虜を殺害した、というのが近年の研究成果です。数万の捕虜を殺害したことは、現在までに発掘されている日本軍の公式文書(戦闘詳報など)だけからも明らかです。

>どうやって虐殺したのか疑問に思っているので、具体的に教えてください。

「疑問に思って」おられる割には、基礎的な文献すらお読みでないようですが。「南京事件資料集」(http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/)の「部隊別資料」というコーナーで元将兵の陣中日誌などを読むことができますから、具体的な殺害方法をお知りになりたければそちらをご覧下さい。

投稿: Apeman | 2006/12/30 20:41

はっきり申し上げますが、「日本軍は空襲でもしたんでしょうか」とか「だとするとピストルとか使っていそうですけど」などと書いておられることから、あなたは否定論者の文献すらまともに読んでおられず、ネット上のコピペを斜め読みしただけだと判断せざるを得ません。とりあえず
http://wiki.livedoor.jp/nankingfaq/d/FrontPage
を通読してから出直されてはいかがでしょうか。

投稿: Apeman | 2006/12/30 20:46

ルワンダでは鉈と棍棒で100万人とも言われる人々が虐殺されたというのに…
その虐殺は培われた民族差別があるきっかけで爆発したもので計画的なものではなかったのに…
虐殺はろくな装備が無い状況でも発生しうるものです。
なんというか、基本的知識を欠いているがゆえに否定論の矛盾に気づかずに受け売りしてしまう人の典型のような人ですね。

投稿: D_Amon | 2007/01/18 11:16

D_Amonさん

>ルワンダでは鉈と棍棒で100万人とも言われる人々が虐殺されたというのに…

その通りですね。本来このような目的で言及するのは控えたいのですが、そもそも大量虐殺の諸事例について無知なのが否定論の土壌なのかもしれません。
さらに言えば、ルワンダの事例は「大量虐殺の犠牲者推定には大きな幅がある(数がはっきりしないのがむしろ当たり前)」ことの例証にもなりますね。

投稿: Apeman | 2007/02/07 01:41

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