2005/11/08

これが国際標準だ

11月7日(現地時間)の国連人権委員会で、ドゥドゥ・ディエン特別報告者が日本における差別の状況について報告、包括的な人種差別禁止法の制定を訴えました。

朝日新聞
中国新聞
産經新聞

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2005/06/04

「真の人権擁護を考える懇談会」座長、古屋圭司議員の「人権擁護法」反対論

こちらでは久しぶりの更新になります。自民党の古屋圭司衆議院議員が自らのホームページで「日本の自由と民主主義を守るために」なる一文を発表しておられます。なんといっても自民党内の人権擁護法反対派が集う「真の人権擁護を考える懇談会」(会長:平沼赳夫議員)の座長がおっしゃることですから無視できません。詳細に検討してみたいと思います…と言いたいところなのですが、すでにこの一文については「an_accusedの日記」の an_accused さんが「「対案」に期待できるのか」というエントリにおいて詳細に述べておられます。そこでここでは論点が重複しないよう書くつもりですので、an_accused さんのエントリをぜひともご覧くださいますよう、お願いいたします。

さて、古屋議員は、日本政府が国連の人種差別撤廃委員会に対して提出した意見書から次の箇所を引用しています。

我が国の現状が、既存の法制度では差別行為を効果的に抑制することができず、かつ、立法以外の措置によってもそれを行うことができないほど明白な人種差別行為が行われている状況にあるとは認識しておらず、人種差別禁止法等の立法措置が必要であるとは考えていない。
(なお、古屋議員の文章では“我が国は、既存の法制度や立法以外の措置によって差別行為を抑制することができないほど明白な人種差別行為が行われている状況ではなく、人種差別禁止法等の立法措置が必要とは考えていない”となっています。)

ところが、同じ意見書の中で日本政府は次のようにも述べているのです。

法務省に設置された人権擁護推進審議会においては、1999年9月から「人権が侵害された場合における被害者の救済に関する施策の充実に関する基本的事項」について本格的な調査審議が行われ、2001年5月に人権救済制度の在り方についての答申がなされた。
 答申では、政府からの独立性を有する人権委員会(仮称)を中心とする新たな人権救済制度を創設、整備し、同委員会は、一定の人権侵害に関して、より実効 性の高い調査手続と救済手法を整備した積極的救済を図るべきであるとしており、その積極的救済を図るべき人権侵害について、人種差別撤廃条約の趣旨も踏ま え、人種・皮膚の色・民族的又は種族的出身等を理由とする社会生活における差別的取扱いや人種等にかかわる嫌がらせを含む形で、その範囲を明確にする必要 があると提言している。
 政府としては、同審議会の答申を最大限尊重し、提言された新たな人権救済制度の確立に向けて、全力を尽くしていく考えである。

下線は私が付したものです。古屋議員は「人種差別禁止法等の立法措置」の必要性を日本政府が否定した部分だけを引用し、あたかも人権擁護法など必要ないかのような印象を与えようとしていますが、この意見書を尊重するのであれば人権擁護推進審議会の答申にそったかたちで人権擁護法を成立させることは日本政府の国際公約だと言うことになります。政府の国際公約を果たすべく努力しているのが古賀議員や公明党であり、それを妨害しているのが「真の人権擁護を考える懇談会」所属の議員たちである、ということになりますね。

次に古屋議員は次のようにおっしゃいます。

 再度登場した法案の骨子は以前と変わりありませんが、詳細に調べますと、人権侵害の定義「不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為」が極めて曖昧(あいまい)で、根本的に問題があります。

下線は同じく私が付したものです。前回国会審議された際には「詳細に」調べなかったのでしょうかね。
人権擁護法についてまず「問題だ」とされているのは次の点です。

 裁判所の令状なしに強制執行が可能となることで、国民に畏怖(いふ)の念を与え、自由な言論を抑圧する恐れが出てきます。準司法機関とするならば、本来であれば司法制度改革を通じて対応していくべきものだと思います。

「強制執行」云々の間違いについては an_accused さんが述べておられますのでここでは繰り返しません。まず不思議なのは、「器物破損」や「住居不法侵入」といった罪状でもって反戦活動を行う人々に対し「畏怖の念を与え、自由な言論を抑圧する」といった事態はすでに生じているのに、「日本の自由と民主主義を守るために」がんばっておられる古屋議員がそのことについてなにもおっしゃらないのはなぜか、ということです。
次に、「司法制度改革を通じて対応」ということがなにを意味するかです。人権擁護法が禁止している行為はすべて刑法上の犯罪か民法上の不法行為にあたりますから、刑事告発や民事訴訟を通じて対応できるようにする、ということなのでしょうか。しかしもしそうだとすると、一方では「名誉毀損」「信用毀損」「強要」「強制わいせつ」「暴行」「傷害」…などの罪状で起訴される人がいま以上に増えることになり、他方では損害賠償や(差別的取り扱いの)差し止めを求める民事訴訟がいま以上に起こされることになります。本来罰されるべき加害者が罰され、本来賠償されるべき損害が賠償されるようになるのは結構なことかとも思いますが、国民の言動がいま以上に刑事罰の対象になるといったことは「言論の自由」にとって好ましいことなのでしょうか? むしろ「説示」「啓発」、「調停および仲裁」「勧告」といったより穏やかな手段で解決を図る選択肢がある方が、「国民に畏怖の念を与え」る度合いも低く、自由な言論を萎縮させることもないと考えるのが自然ではないでしょうか? “加害者”の視点から考えたとしても、いきなり刑事告発されたり損害賠償請求訴訟を起こされるより、まずは「説示」「調停」などにより自らの言動を改めるチャンスをもらえる方がありがたいと思うんですけどね。もっとも、「司法制度改革を通じて対応」というのが「差別的言動は事実上野放し」にすることを意味しているのであればはなしは別ですが。

最後に一点のみ、an_accused さんが言及済みの点について。

 お年寄りが年金で経営する小さなアパートでも、外国人お断りという入居条件に対して委員会が特別救済措置を取り、家賃を滞納する素性の知れない人たちを排斥できないことにもなりかねません。

こんなことを書く国会議員がぬけぬけと「日本の自由と民主主義を守るために」などと口にするのをみると情けなくなります。「家賃を滞納する素性の知れない人たち」を排斥したいのであれば「家賃を滞納する素性の知れない人たちお断り」という入居条件を出せば良いのですよ。「外国人お断り」という条件をつける合理性はありません。家賃を踏み倒された家主に対しては「我々が対策を考えますから、国籍・人種による差別はやめてください」と言ってこそ国会議員じゃないですかね。

(6月5日、誤字を訂正しました)

 

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2005/05/05

人権擁護法は自民党の公約です

我ながら脇が甘いというか情報収集が足りんと反省せねばならんのですが、bewaadさんの指摘によれば、人権擁護法の成立は第19回参議院選挙に当たっての自民党の公約です。

 人権尊重社会の実現
「『人権の世紀』と呼ばれる21世紀にふさわしい、国民一人ひとりの人権が尊重される社会を築いていくためには、人権教育・啓発の取組みを推進するととも に、人権侵害の被害者の救済にかかわる制度を整備する必要があります。このため、独立行政委員会として人権委員会(仮称)を設立し、差別や虐待の被害者等 弱い立場にある人権侵害の被害者を、実効的に救済する手法を整備するなど、人権救済制度の確立に努めます。」

ちなみに、安倍晋三議員は当時小泉内閣の官房副長官でした。
同じく bewaadさんのご指摘によって存在を知った、自民党の「どれだけ知ってる? 人権擁護法案 あなたにもっと詳しく知っていただくための Q&A」。いいこと書いてます。というか、もっと早く存在を知っていたら「これ読め」で済ますことができたかも。

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2005/05/02

人権擁護法案の「必要性」について

ここのところ複数の反対論者の方から「なぜ人権擁護法(人権委員会)が必要なのか?」という問いかけをうけましたので、この機会にまとめておくことにします。
なお、以下のコンテンツを書くにあたっては徳保隆夫さんの作成された「人権擁護法案10年史」および plummet さんが作成された「日記内、法案関連エントリーハブ」においてリンクされている情報を参照しました。お二方にはこの場を借りてお礼申し上げます。
(追記:本エントリへトラックバックを頂戴した「若隠居の徒然日記」さんのところでもこのあたりの事情が詳しく解説されています。是非ご一読ください。)

さて、人権擁護法案が作成された理由・背景についてはまずおおざっぱに「国際事情」と「国内事情」をわけて考えるのがわかりやすいかと思います。

※国際事情
日本は1995年に「人種差別撤廃条約」に加入しました。この条約は、第4条で締結国に対して次のことを求めています。

(a)人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するもの であるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で処罰すべき犯罪である ことを宣言すること。

(b)人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし、このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。

この条約は人種差別だけを対象としているものの、人種差別に限れば人権擁護法などよりはるかに厳しい措置をとることが求められていることは一目瞭然です*。同じように、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」では「女子に対するすべての差別を禁止する適当な立法その他の措置(適当な場合には制裁を含む。)をとること」などが、「児童の権利に関する条約」では「この条約において認められる権利の実現のため、すべての適当な立法措置、行政措置その他の措置を講ずる」ことなどが、「拷問等禁止条約」では「自国の管轄の下にある領域内において拷問に当たる行為が行われることを防止するため、立法上、行政上、司法上その他の効果的な措置をとる」ことなどが、それぞれ求められています。外務省の言葉を借りれば「人権は、すべての人間が生まれながらに等しく有している基本的権利」であり、「人権及び基本的自由の促進・保護は国際社会共通の課題」なのですから、当然日本にとっての課題でもあるわけです。
さて、日本政府は上記人種差別撤廃条約に関して出した意見書のなかで、

法務省に設置された人権擁護推進審議会においては、1999年9月から「人権が侵害された場合における被害者の救済に関する施策の充実に関する基本的事項」について本格的な調査審議が行われ、2001年5月に人権救済制度の在り方についての答申がなされた。
 答申では、政府からの独立性を有する人権委員会(仮称)を中心とする新たな人権救済制度を創設、整備し、同委員会は、一定の人権侵害に関して、より実効 性の高い調査手続と救済手法を整備した積極的救済を図るべきであるとしており、その積極的救済を図るべき人権侵害について、人種差別撤廃条約の趣旨も踏ま え、人種・皮膚の色・民族的又は種族的出身等を理由とする社会生活における差別的取扱いや人種等にかかわる嫌がらせを含む形で、その範囲を明確にする必要 があると提言している。
 政府としては、同審議会の答申を最大限尊重し、提言された新たな人権救済制度の確立に向けて、全力を尽くしていく考えである。

と述べています。ここで言及されている「人権擁護推進審議会」の答申こそ、現在の人権擁護法案に直接つながるものであるということができます。この答申については次項で述べますが、ここでは人権擁護法に類する立法が日本の国際公約であることを指摘しておきます。

※国内事情
「人権擁護推進審議会」の答申については上記リンクをご覧いただくこととして、審議会会長の談話の一部を引用します。

人権は,人間の尊厳に基づく固有の権利であって,「人権の世紀」と呼ばれる今世紀にこそ, 是非とも人権尊重社会を実現していかなければなりません。そのために人権教育・啓発が重要であることは申すまでもないところであり,本審議会としても,平 成11年7月29日に,人権教育・啓発の在り方についての答申を行いました。しかし,残念ながら,現実には,様々な態様の人権侵害が繰り返されており,被 害者に対する実効的な救済を図ることが,人権教育・啓発の充実と並んで,緊急の課題となっております。
 本答申は,これに応えるために,人権委員会(仮称)という独立の機関を中心とした新たな人権救済制度の整備を提言するものであります。
 すなわち,公権力によるものであれ,私人間のものであれ,人権の侵害に対する救済は,裁判所によるのが原則でありますが,それのみによっては,必ずしも 効果的な救済が期待できない場合があることから,これを補完するため,簡易・迅速・柔軟な行政上の救済制度の整備が必要であります。また,行政上の救済に おいては,国,地方公共団体,さらに民間の関係諸機関,諸団体との密接な連携協力体制を敷くことによって,総合的な救済を図ることが可能であります。
 その際,差別,虐待に典型的にみられるように,自らの人権を自ら守ることが困難な状況に置かれている被害者に対しては,特に行政上の救済を図る必要性が 大きいことから,調停,仲裁,勧告・公表,訴訟援助,人権救済機関自らが裁判所に一定の行為の排除を求める等の手法や,実効的な調査権限を備えた積極的救 済の制度を提案した次第であります。
 さらに,このような積極的救済を担う人権救済機関は,通常の行政から独立し,職権行使の中立公正が確保された委員会組織である必要があります。これに加 えて,委員会の事務を補佐する事務局体制を整備する必要があり,特に専門性を備えた職員等を全国に適切に配置することができるようにすることが肝要であり ます。

下線は私が付したものですが、いずれも反対論の立場からの「疑問」に対応するものです。
この法案をめぐっては部落解放同盟や朝鮮総連が「黒幕」であるかのような見方が反対論のなかで広まってしまったため、部落差別および外国人差別への対策という点が過剰にクローズアップされていますが、法務省人権擁護局の平成15年中の「人権侵犯事件」の状況について(概要)」によれば、法務省の人権擁護機関が取り扱った「人権侵犯事件」のうちもっとも数の多い類型は「暴行虐待」(ドメスティック・バイオレンスや児童虐待)です。このような、家庭内で発生する人権侵害に対して司法による救済一本で臨むというのは現実的でもなく適切でもないことは明らかでしょう。また元ハンセン氏病患者に対する宿泊拒否事件は、それまで政府が長きにわたって元患者達の人権を侵害していたことに加え、疾病をもつ人びとへの根強い差別が日本社会にあることをも明らかにしました。部落差別に関しては、同和関連の特措法がすでに全て期限切れになっており、特措法という所得の再配分とは違ったかたちでの差別対策が求められている、ということもあるでしょう**。

ところで、ネット上ではしばしば「部落解放同盟が人権擁護法案を強引に成立させようとしている」といった議論を見かけます。しかしこれは、事実無根とまではいわないとしても、到底事実とは言いかねるものです。人権擁護法案は政府案なのですから、その主たる推進者が日本政府であることは言うまでもありません。そして日本政府が人権擁護法のような法律を成立させようとする背景については、上で述べた通りです。
他方で、部落解放同盟は独自に「人権侵害救済法」法案要綱なるものを作成しており、その内容は民主党の「人権侵害による被害の救済及び予防等に関する法律案大綱」に反映されています。さらにここでみることのできる部落解放同盟の見解に照らしても、「人権侵害救済法」こそが部落解放同盟の求めるところであり、人権擁護法は「ないよりはまし」「次善の策」といったものであることがわかります。
したがって、部落解放同盟が人権擁護法案を成立させるために「暗躍」しているなどというのは誤りであることは明らかです***。

さてそれでも、「なぜ個別の立法・組織ではなく人権委員会なのか?」という反論が予想されます。しかし包括的な対策と個別的な対策とにはそれぞれ一長一短があります。包括的な対策のメリットと個別的な対策のデメリットを無視して人権擁護法に反対するのでは「為にする反対論」の誹りを免れないでしょう。人権侵害の類型ごとに異なる制度をつくれば、結果的に行政組織はより肥大化することになりますし、窓口が複数化すれば「このケースはどの組織の管轄か?」で無用な混乱を招くことにもなりかねません。他方、人権委員会は独力で全ての事案を解決しようとする組織ではないのです。刑事犯罪に相当するものについては告発を行なって後は司法に任せるわけですし、第43条に規定する行為に対する差し止めも裁判所に請求することになります。また「労働関係特別人権侵害」については人権委員会ではなく厚生労働大臣が、「船員労働関係特別人権侵害」については国土交通大臣が、それぞれ救済措置をとることになっています。さらに人権委員会が他の行政機関と協力しあう(情報提供を求めたり、逆に人権侵害の事実を通告するなど)ことも定められています。従来の公的機関は必要に応じてきちんと活用されるわけです。こうしてみれば、人権委員会の意義とはなによりも人権侵害を被る人々にとっての窓口が一本化される、というところにあると言えるのではないでしょうか。これは明らかに「個別立法・個別の対策」にはないメリットです。

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2005/04/28

人権擁護法案への“誤解に基づく批判”にストップを!

このエントリは当初3月23日にアップロードされたものです。それ以降、ここを「人権擁護法案」について扱う場としていくつかのエントリを書いて参りましたが、むやみにエントリが増えると基本情報をご覧いただくのが困難になります。そのため、今後はこちらで必要に応じて議論を継続することにいたしました。4月16日以降に私がこの法案に関して書いたものに興味を持ってくださった方は、ぜひ上記リンク先をご参照ください。(以上、4月16日追記)
また、人権擁護法をめぐる主要な論点については以下の各エントリで言及しております。

 「人権侵害」の規定は曖昧か?
人権擁護法案を怖がる必要はあるのか?
人権委員会が「暴走」したらどうなるか?
中間総括(陰謀説批判編)
総括(法案編)
総括(2chウォチ編)
総括(人権委員会編)
人権擁護法案の「必要性」について

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2005/04/23

総括(人権委員会編)

「人権擁護法案への“誤解に基づく批判”にストップを!」というエントリへのコメント欄にて、Vossさんから主として人権委員会の独立性に関する反対論が寄せられ、それに対して私が不在の間に若隠居さん、an_accusedさんが応答してくださいました。きわめて有意義な議論だと思いますので、論点ごとにお三方のやりとりを整理させていただき、その上で若干コメントさせていただくことにします。(この論点が抜けている、といったことがあればご指摘ください。)

まずVossさんの反対論のポイントは次の通りです。
1)なぜ、ここまで人権委員会を独立権力状態に置く必要があるのか?
2)明文化出来ない価値観を、一部の人が、その人の価値観で裁くのはおかしくないか?
このうち2)は人権委員会の独立性とは別の論点になりますので、別エントリにてとりあげさせていただきます。また、以下の部分では私のコメント部分は青字にします。

1)はさらに
1-1)人権委員が「選ばれたときと、選ばれた後に、その人物が全く同一の思想、同一の立場、同一の価値観でいられるか」という保障が「一切ない」以上、「人間の判断」などという曖昧な基準が運用の根本となる人権擁護法は、余りにも危険過ぎる。
1-2)人権委員会の独立性が「行政府からの圧力を躱すために必要」だとするならば、人権委員の罷免権を「三権の別である、最高裁判所や国会に置けば済む」話。
1-3)「人権委員会が、あらゆる権力機構から独立していなければ、その機能を果たせない」とするなら、その判断基準は「完全に法典として文章化する必要」がある。
の3つに分けることができます。以上から、人権擁護法は「人治機構そのもの」だとVoss氏は結論されています。
これに加えて
1-4)人権委員会がとる措置(勧告等)の問題
が主要な論点といえると思います。

以下、各論点について。
1-1)への若隠居さんの反論
1-1-a)任期中「同一の価値観」を保ち続ける保証がなく、運用に「人間の判断」が加わるのは別に人権委員会に限ったことではない。刑法の「名誉毀損」にしても条文だけを読めば曖昧であり、結局は「裁判官が判断」するのであって、「人間の判断」を排除することなどそもそもできない。
この点自体については、Vossさんから更なる反論はなかったと思います(「人間の判断」が入るのは同じでも、人権委員会という機構や法律そのものに問題がある、という論点へとシフトしたということだと思います。)私も若隠居さんのおっしゃるとおりだと思います。Voss氏は「最終的な判決を司法に任せる」ようにすればよいとおっしゃいますが、実際人権擁護法でも最終的な決着は裁判所でつくことになってます。また刑法なら「人間の判断」が入り込んでも大丈夫なくらい明確だ、というのも名誉毀損罪の条文によって直ちに反駁できます。「名誉を毀損」と「人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」のうち「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」とでは、明らかに後者の方が明確な規定でしょう。

1-1-b)人権委員は任用の時点で民主的な統制がかけられているのだから、要はわれわれが選挙を通じて総理大臣や国会議員をコントロールすればよい。

1-1-b)へのVossさんの反論
就任後に人権委員の思想が変わらないという保証がなく、そうした変化には任用時の民主的コントロールでは対応できない。
これに対して若隠居さんは「それほど心配することか?」と答えられ、以後論点は事務局職員の問題へと移行します。私からVossさんに反論しておきますと、やはり裁判官や検察官と比べて非常に短い3年という任期を重視すべきだと思います。3年という期間である人物の思想や価値観が激変するということは可能ではありますが、他方であまり現実性のあることでもない。任期も人数もまったく異なる二つの組織にまったく同じ監視メカニズムを要求するのは妥当でないのではないか、ということです。また、人権委員会の独立性を危惧される方はたいていその権限の「強大さ」を強調されますが、司法に比べれば人権委員会の権限は極めて限られています(詳しくは後半で触れます)。

1-1-c)
上から派生した論点として、事務局員の「選出規定」が地方自治体に事実上一任されており、選出後の指導権限や解任権も人権委員会が握っているのは問題だ、とするVoss氏の主張。
これについてはan_accusedさんからの指摘と、それに対する若隠居さんからの補足とで、「人権擁護委員」と「事務局員」との混同に基づく主張であったことをVossさんがお認めになり、かたがついたかたちになっています。
ただ、実は法案だけを見ると「事務局員」の人選があいまいであるというのはその通りです。「弁護士資格を持つもの」を加える、という規定しかありませんので。もっとも、法務省の答弁によると事務局員は法務省人権擁護局の職員を主たる供給源にする予定のようです。とすれば、人権問題に対する現在の法務省のとりくみから大きく逸脱するようなことを事務局が行うとは考えにくいでしょう(よい意味でも悪い意味でも)。若隠居さんも「国家公務員ですから、服務規程に縛られます」という点を指摘されています。

1-2)への若隠居さんの反論
1-2-a)公権力による人権侵害をも救済の対象としているのだから、裁判所や国会からの独立性も保たねばならない。
この点自体についてはVossさんも了解され、以後論点は1-3)に移っていきます。

1-3)については「判断の基準」が人権擁護法によりきちんと定められているかが実質的な争点になります。具体的に問題になった条文は38条、60条、61条で、それぞれ「法律に「明確な罰則規定がない」ので、何をされるか判らん」「「60.61条については、これ以外の明文規定」が無い」とされています(「これ以外」とは「特別人権侵害が現に行われ、又は行われたと認める場合において、当該特別人権侵害による被害の救済又は予防を図るため必要があると認めるとき」を指します。

1-3)への若隠居さんの反論
1-3-a)38条は「救済手続きできますよと一般的に言ってるだけ」であり、どのような場合にどのようなことができるかは「この法律の定めるところにより」と限定されている。

1-3-b)60条、61条には「第三款 勧告及びその公表」を定めた条文であるが、これは第42条によってどのような場合にとりうる措置なのかが定められている。

1-3-a)についてはVoss氏からの再反論は無かったと思います。1-3-b)については、Voss氏は42条が「60.61条の運用についての「限定事項」となるかどうかについては、法解釈上「確定」なんでしょうか」と問われ、もし「確定」であるのなら若隠居さんの反論を受け入れられる旨表明されています。これに対して若隠居さんは「専門家じゃないからなんともいえませんが、素直に考えるとそうなりますよね」と答えるにとどめられていますが、やはり60条、61条は42条に基づいてとりうる措置を定めたもの、としか読みようが無いと思います。60条にも「特別人権侵害が現に行われ、又は行われたと認める場合」という文言がありますが、この「特別人権侵害」とは45条で規定された概念で

第四十二条第一項に規定する人権侵害(同項第一号中第三条第一項第一号ハに規定する不当な差別的取扱い及び第四十二条第一項第二号中労働者に対する職場における不当な差別的言動等を除く

ものと定義されています。この点からみても、60条、61条が適用されるのは42条で定められた人権侵害が生じた場合に限られるわけです。Voss氏が「明文規定が無い」とおっしゃるのは

第三条、第四十三条の項目に絡んでのことと思います(63.64条は、この規定絡んできますので)が、60.61条にはこれに該当する規定が「関連することを明記していません」ので、運用次第で「人権委員会の恣意的運用が可能である」と言う反対派の疑問は、至極真っ当なものと思うのですが。

とお書きのところをみると、要するに63条や64条には対象となる人権侵害を定めた条文(43条)が明記されているのに、60条と61条にはそれが無い、ということを意味していると思われます。しかし、上に述べたように、直接42条への言及が無くても「特別人権侵害」という概念への言及がある以上、60条と61条は42条に拘束されるのです。

1-4)についてのVoss氏の見解は「特に60、61、64、65だが・・・・事実上、刑事罰食らうのと大して変わんないぞ」という表現に集約されているといえるでしょう。また58条で規定されている仲裁の強制力(「仲裁判断に従わない場合は、どんな内容だろうが強制執行」)については、若隠居さんの「仲裁については、当事者双方の合意の上でないと効力がありません」という指摘を受け、撤回する旨表明されています。

1-4)への若隠居さんの反論
1-4-a)60条等は「特別救済手続き」であり、その対象となるものは「よほどの悪質な場合」に限られている。

1-4)は1-3-b)とも関わっています。Voss氏は60条、61条が濫用されることを想定しておられますので。しかしすでに明らかにしたように、60、61、64、65条は42条と43条で規定された場合にしか適用されませんから、若隠居さんの反論はきわめて妥当だと思います。
さてこの点につき私から補足しておきます。まず64条と65条は非常に特殊な人権侵害を対象にしています。条文を再構成するなら次の二つです。

・「人種等の共通の属性を有する不特定多数の者に対して当該属性を理由として前項第一号に規定する不当な差別的取扱いをすることを助長し、又は誘発する目的で、当該不特定多数の者が当該属性を有することを容易に識別することを可能とする情報を文書の頒布、掲示その他これらに類する方法で公然と摘示する行為であって、これを放置すれば当該不当な差別的取扱いをすることを助長し、又は誘発するおそれがあることが明らかであるもの
・人種等の共通の属性を有する不特定多数の者に対して当該属性を理由として前項第一号に規定する不当な差別的取扱いをする意思を広告、掲示その他これらに類する方法で公然と表示する行為であって、これを放置すれば当該不当な差別的取扱いをする意思を表示した者が当該不当な差別的取扱いをするおそれがあることが明らかであるもの
(後者の「前項第一号に規定する不当な差別的取扱い」とは
イ 国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する者としての立場において人種等を理由としてする不当な差別的取扱い
ロ 業として対価を得て物品、不動産、権利又は役務を提供する者としての立場において人種等を理由としてする不当な差別的取扱い
ハ 事業主としての立場において労働者の採用又は労働条件その他労働関係に関する事項について人種等を理由としてする不当な差別的取扱い
の3つを指します。)

しかも65条によれば、Voss氏のお望み通り最終的な決着は裁判所でつけられることになっています。したがって、以下では60条と61条についてだけ検討すればよいでしょう。
まず第一に、「勧告の公表」が「刑事罰食らうのと大して変わらん」というのはあまりにも誇張が過ぎます。刑事罰の場合には懲役なり罰金を課せられたうえにその事実が公表されるわけです。過度の誇張は「為にする議論」のそしりを免れないと思います。勧告の公表に至るようなケースは相当限られた、悪質なものであることを考えれば、私は「勧告の公表」が重過ぎる処分だとは思いません。司法と違って、人権委員会は60条や61条によって加害者の言動を禁じることはできないのです。勧告が公表されてもなお同じような言動を続けたとして、そのことに対するペナルティを課すことはできません(また勧告を行うことができるだけです)。また、現在勧告に対して異議を唱える手続きを明確化する方向で改正案が出ていることも申し添えておきます。

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2005/04/16

落ち穂拾い(「特定の者」について)

本館の方にもトラックバック機能を実装したこと、またこちらでむやみにエントリを増やすと初期に書いたコンテンツへのアクセシビリティーが下がることなどから、ぼちぼち本館に移動して考察を続けるつもりでおりましたが、もともとこの別館で書いたエントリへの再反論をいただいたために、例外的にこちらで続けることにします。

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2005/04/15

総括(2chウォチ編)

2ちゃんねるの人権擁護法に関連するスレを見ておりますと、スレの傾向によって多少はありますが根拠のない反対論を批判する書き込みもあり、反対論批判を展開したウェッブログ、サイトの紹介があったりし、当ブログ(ないし本館)もちらほらとご紹介いただいているようです。しかしまあ、法学板などのスレを除けば依然反対派の声のほうが大きいというのが現状です。まあ2ちゃんですから。そして、反対論批判に対して言われていることを要約すると、まあ大体次の3点に絞られるのではないか、と。

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総括(法案編)

(午後10時に一部を追記)
一時期に比べれば、人権擁護法に関してネット上でアクセスすることのできる正確な情報も増えてきました。法案そのものについてはもはや私ごときがこれ以上書くべきことも残っていませんので、ぼちぼち本館の方に引っ込む予定です。もちろん、コメント欄などでお問い合わせなどいただきましたら対応させていただきますが。
この法案をめぐるデマに対しては少なからぬ方が批判してこられたわけですが、現時点ではやはり Bewaad Institute@Kasumigaseki のFAQ集が網羅的かつ体系的ということで、まずはご覧いただくべき資料かと思います。また、using_pleasure さんが反対派・賛成派の両方にわたるまとめサイトを作成されておりますので、そちらから賛成派、反対論批判派の議論を参照することもできます。「お前はどうなんだ?」ということについては、ページ右上のカテゴリーから「人権擁護法(基本)」をご覧下さい。

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2005/04/11

これでは議論が噛みあうはずもなし、の巻

小倉秀夫弁護士のウェッブログの人権擁護法案関連エントリーへのコメント欄がひときわ荒れている背景には、どうもそれ以前に「ネット右翼」という概念をめぐる確執が生じていたことがあるようなのですが(リアルタイムでフォローしていなかったので詳細を把握しているわけではありません)、直接的には小倉氏が「陰で差別をしたいがための反対論がある」といった趣旨の指摘をされたことがきっかけのようです。反対派は執拗に「どこにあるというのか、指摘してみろ」という趣旨の書き込みをしていましたが、在日外国人なり被差別部落への敵意が透けて見え、また小倉氏などによる反論への合理的な再反論を行わないのでは、「差別したいから、というのが動機」と推定されても無理はないでしょう。

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2005/04/10

中間総括(陰謀説批判編)

タイトルでは穏当に陰謀「説」としておきましたが、陰謀「論」といって差し支えないものが散見される、と私が考えていることは公正を期すためあらかじめ申し上げておきます。

さて、人権擁護法が部落解放同盟ないし(あるいは、および)朝鮮総連の陰謀であるという見解への批判はすでに何度かおこなってきました。詳しくはこちらや、ないし本館のこちらをご覧下さい。

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中間総括(個人的見解編)

本館で人権擁護法について書いた最初の二つほどのエントリにおいてはこの法案に対してかなり距離を置いた書き方をしていることからも明らかなように、最初にこの法案がネット上で話題になっていることを耳にした時の私の印象は「まあ原理的には難しい問題もはらんでいるだろうが、反対するほどのものでもあるまいに」といった程度のものでした。前半は前のエントリでも書いたように「私人の言論に対して公権力が介入しないという原則」を、原則としては受けいれているがゆえです。後者については、次のような理由です。まず政府が体制よりの言論をわざわざ弾圧する動機など持ちませんから、この点は心配ない。反体制よりの言論を弾圧するには「人権侵害」という概念は使い勝手が悪く、「公共の福祉」とか「公序良俗」などの方が便利であるし、なにより反戦ビラを自衛隊の感謝に配布しようとした活動家が逮捕・起訴された事件が示すように、政府はその気になれば人権擁護法などなくても反体制的な言論を弾圧しているからです(この場合は「不法侵入」の濫用wによって)。人権擁護法などより、言論・出版の自由への制限をわざわざ憲法レベルで明記しようという自民党改憲案の方がよほど問題性をはらんでいるだろう…という判断です。
現時点では、この法律が可決されたとして十分な実効性を持つだろうか、ということの方がどちらかと言えば懸念材料です。「濫用」「暴走」の余地が事実上ないといって差し支えないこと* は小倉秀夫弁護士や bewaad 氏などの専門家、実務家が繰り返し述べておられますし、他にも(異なる立場から)反対論を批判的に検討する作業を行っている方がおられますので(トラックバックを頂戴した若隠居さまのウェッブログは反対論者によるそうした作業の一つです)、もうこれ以上ここで述べるまでもなかろうと思います。

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2005/04/07

論争のなかで埋もれている声

以前に本館の方で、人権擁護法案への反対論のなかで(滅多に)語られないもの、という観点からのエントリを書きましたが、ここでもちょっと別の観点からやはり「語られていないもの」について語りたいと思います。

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2005/04/06

人権委員会が「暴走」したらどうなるか?

人権擁護法への反対論のもっともポピュラーなパターンは、要するに

人権委員会が“「人権」や「差別」について特殊な考えを持つ団体”に牛耳られた場合、常識的に考えて差別でもなんでもないものが「差別」と認定され、勧告を受け、勧告を拒否するとそれを公表されてしまう

ことを危惧している、ということになります。反対論批判は(当サイトを含めて)そうした危惧が杞憂であることを主張することが多いわけですが、ここで視点を変えて人権委員会が「暴走」することを前提に考えてみましょう。

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2005/04/04

補足(その2)

・本館のエントリ案内
・「認識の一般性と個別性」の観点からみた差別の諸相

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2005/04/03

人権擁護法案を怖がる必要はあるのか?

(4月4日午前12時半、脚注を一つ追加。これに伴い、注2、注3を注3、注4に変更)

この法案はいまだ国会に提出されるめどすらついていないものですから、仮に可決されるにしてもその時点でどのようなかたちになっているかは分かりません。したがって、以下ではこちらでみることのできる法案を、しかもいわゆるメディア規制条項が凍結されているということを前提にはなしをすすめます。また、私はこの法案に無条件で賛成するものではありませんが、特に必要がない限り改めてその難点については触れるつもりはありません(誇大な反対論に対してカウンターバランスをとるのがここでの目的なので)。

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補足

前回、前々回のエントリへの補足です。人権擁護法案に直接関係するはなしではありません。

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2005/04/02

人権擁護法案反対論にみるゼノフォビア(その2)

承前

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人権擁護法案反対論にみるゼノフォビア

人権擁護法案法案への反対論をあれこれとみていて不愉快でもあり情けなくもありまた滑稽でもあるのは、日本社会のさまざまなマイノリティ*1 に対する露骨な敵意がありありと見てとれるという点です。小倉秀夫弁護士のウェッブログ「IT法のTop Front」でも、氏が“差別的言動を楽しみたいから反対している例も見受けられる”という趣旨の認識を示したのに対して、コメント欄で「どこにそんな例がある?」と粘着的にからんでいる投稿者がいました。しかし例を挙げるまでもなく、そうした反対派サイト(マイノリティへの憎悪が動機となっているか、議論の前提への認識を歪めているサイト)が存在することは、差別的意図を持たずにこの問題をフォローしている人間にとっては明白であると思います。

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2005/04/01

曖昧なのは人権擁護法案「だけ」なのか?

メインのウェッブログとここにしこしこと人権擁護法案関連のエントリを書く一方で、いくつかの掲示板やウェッブログのコメント欄への投稿もしてきたのですが、そのうちの一つ*から(新規のエントリというかたちで)お返事をいただきました。まだここでは言及していない論点も含んだ「人権擁護法案」反対論を展開されていますので、改めてこちらで私見を述べさせていただこうと思います。

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2005/03/30

差別を「助長」「誘発」する行為の範囲について

人権擁護法案は差別を「助長」ないし「誘発」する行為をも対象としていますが、これが「人権擁護法は広範囲の言論を取り締まる法律だ」という誤解の原因の一つとなっているようです。

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2005/03/26

人権委員会の権限は「強大」か(その2)?

前回のエントリに続き、人権擁護法案において人権委員会ないし人権擁護委員(以下、特に必要ない限り人権委員会で代表)に与えられた権限について考えます。ここでは「立ち入り検査」を中心にとりあげます。なお、以下の考察は現在提出を予定されている人権擁護法案になんの瑕疵もないということを意味するものではありません。同法案に関する誇張や誤解に対して「言われているようなむちゃくちゃな法律ではない」ことを示すのが目的です。

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人権委員会の権限は「強大」か(その1)?

ネット上の「人権擁護法案」反対論には人権委員会を「ゲシュタポ」や「特高」になぞらえるものが散見されますが、以下に示すようにこれは「強調」の域を越えた「デマ」に近く、「ゲシュタポ」ならぬゲッベルス的なやり口だと言いたくなります。

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2005/03/25

「人権侵害」の規定は曖昧か?

人権擁護法案をめぐる批判の中でも目立つものの一つが、この法案における「人権侵害」の規定が曖昧で容易に拡大解釈を許す、というものです。なかには、第2条にある「この法律において「人権侵害」とは、不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為をいう」という文言だけに依拠して、「人権侵害=人権を侵害する行為、なんて同語反復にすぎない」といった意見もあります。しかしながら、こうした意見は
・同じ第2条に、この法案が対象とする人権侵害の範囲を限定するための規定がある
・第3条において、この法案が対象とする人権侵害の範囲が限定されている
・42条、43条において、第3条が規定する人権侵害のうち人権委員会が必要な措置をとるべきものの範囲がさらに限定されている
ということを無視しています。例えば特定個人に対する差別発言(前回行った分類の1)に当たるもの)については、3条1項2号イにおいてそれが「特定の者に対し、その者の有する人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」として限定され、さらに2条の2項以下を参照すればこの「人種等」が「人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病又は性的指向」を指すこと、また社会的身分、障害、疾病がそれぞれ「出生により決定される社会的な地位」「長期にわたり日常生活又は社会生活が相当な制限を受ける程度の身体障害、知的障害又は精神障害」「その発症により長期にわたり日常生活又は社会生活が相当な制限を受ける状態となる感染症その他の疾患」に限定されていることがわかります。さらに、42条1項2号において、人権委員会が必要な措置をとるのは、3条1項1号イが規定する言動のうち、「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」に限ることが規定されています。こうしてみると、この法案が「人権を侵害する行為」を漠然と取り締まる法案でないことは明らかでしょう。

もちろん、これでも「批判と侮辱の境目はどこなのか?」とか「著しく不快にさせることとちょっとだけ不快にさせることの境目はどこなのか?」といった曖昧さが残るのは事実です。そして、「法律は曖昧であってはならない」というのは一般論としてはその通りです。しかし、法律の条文というのはそもそも「個別的・具体的な行為の集合を一般的・抽象的な表現で規定する」ものですから、いかなる意味でも曖昧さを持たない法は実質的には存在しえません。過度に曖昧さを排除するとその法はカヴァーできる範囲の狭い、抜け道だらけの法になってしまいかねません。

実際、さまざまな法律の条文を眺めてみれば、それ自体としては曖昧な規定だらけです。有名な憲法12条の「公共の福祉」にしても、これだけを読んでいったい何が公共の福祉に当たり、なにが当たらないかを判断できるでしょうか? 「とにかく曖昧なところがあっちゃダメ」というなら、まずもってこの憲法12条が問題にされるべきでしょう。
文言としては曖昧な法律が(たいていの場合は)不当に拡大解釈されずにすんでいるのは、法律の解釈が立法の趣旨による制約や具体的な判断(判例など)の積み重ねによって制約されているからです。したがって、「曖昧だからダメだ」という批判が実質的に有意味なものとなるためには、これまで日本において運用されてきた法案と比較して人権擁護法案に不必要かつ危険な曖昧さがあることを具体的に指摘しなければなりません。それをせずにこの法案があたかも「北朝鮮に経済制裁を!」といった政治的主張を規制するかのような反対論を展開することは、不必要に危機感を煽り人々を誤らせるものだと言わざるを得ません。

このエントリはこのエントリの要約です。

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